期 間:2017年8月2日~3日

参加者:吉水岳彦、福田亮雄

 

 今年の秋の講演会は、「すみた産業文化まつり」の中で実施することになった。「すみた産業文化まつり」は、太鼓や民謡、民俗芸能などの発表、趣味の作品展示、お菓子や野菜などの物販、鶏ハラミ焼きややきそばの屋台等々、町を挙げての文化祭である。

 

 その多くの方が集う行事の一環として参加できるとは、こちらとしては願ったり叶ったりである。内容は、私たちの活動報告、住田町上有住・玉泉寺梅花講のご詠歌奉詠、陸前高田市文化調査委員会委員長細谷英男先生のご講演である。

 

 翌日実施の一日徒歩巡礼は、上有住にある第17番霊場城玖寺と第18番霊場坂本堂をお参りし、住田町民俗資料館、六日町の名所・旧跡をガイド付きで散策することにした。講師はいつもお世話になっている千葉修悦さんにお願いした。

 

 今回の気仙行きは、「すみた産業文化まつり」を主管する住田町教育委員会さま、玉泉寺さま、細谷先生へのご挨拶及び打ち合わせのため、また、新たに作成した漫画家しまたけひとさん作画の「気仙三十三観音手ぬぐい」をお世話になった方々にお配りするというのが目的である。

 

8月2日

上野発(6:10)…水沢江刺駅にて吉水さんと合流(8:47)…住田町役場訪問、会場下見(10:00)(10:30) …常光寺…平栗福寿庵……麺太にて昼食(12:10)(12:40)…玉泉寺さまへ挨拶(13:00)…千葉修悦さんと打ち合わせ(14:00)(16:30)…坂本堂…城玖寺…長桂寺…一期舎(泊)

 吉水さんは前日入り。私は前日自坊で実施している「子ども食堂」が行われたため始発の新幹線で水沢江刺へ。

 

 吉水さんにレンタカーでピックアップしてもらう。気仙沼回りだと大船渡着が12時半を過ぎるのだ。車は山を分け入っていき、種山が原を越えて住田へとひた走る。予定通り10時前に住田町役場に到着。

 

 観光協会佐々木さん、教育委員会の松田さんとお会いする。役場勤務の常光寺さんのご子息にも対面できた。松田さん曰く、産業まつりは3日間実施され、中日に講演会を行ってきたが、今年は講演会を実施しようか否かと検討していたちょうどその折に、我々の話が持ちかけられ、まさに渡りに舟だったとおっしゃる。こちらこそ、大勢が集う場に参画できるのは本当にありがたい。

 

 我々の講演会のチラシは、町報とともに300戸全戸配付してくれることになった。まずあり得ない話だ。そして脇にある農林会館大ホールを見せてもらう。ちょうど乳ガン検診で大勢の方がいらっしゃった。定員600名、舞台も広く奥行きもかなりある。今までで実施してきた中で一番大きなホールだ。例年講演会には200名程度が集まるとのこと。大勢来てくれればよいが…。前日から設営準備できるそうだ。多分私が準備するので、落ちがないようプロジェクターやスクリーン、マイクをしっかりと調整しなくてはならない。

 

 まだ昼食までは時間があるので、春の徒歩巡礼の時におこわやお新香、手作りのお菓子などをご本堂でご接待いただいている、常光寺ご詠歌講の方々に手ぬぐいをお渡ししたいとお寺を訪れた。ちょうど材木で施餓鬼棚を作成されていた。お盆の準備を始める時期だ。この17日が観音様のご開帳だそうで役員の方が観音堂で作業なさっていた。拝めず残念。ご住職、奥様もいらっしゃり手ぬぐいをお渡しする。ちょうど2日後にご詠歌が行われるそうでタイミングよし。

 

 次に平栗福寿庵の菅野さんを訪ねる。春の巡礼の際、丁寧なお葉書を頂戴した。家の前の田んぼの草刈りをしていた。暑いときに外で仕事をするのがいいんだと、とてもお元気だ。家に上げていただきお茶やゼリー、とうもろこしをいただく。手ぬぐいをとても喜んでいただく。自分のお堂が載っているのはやはり嬉しそうだ。常光寺のご開帳の話になり、今は協力してくれる人が減っていて維持していくのが大変だとおっしゃっていた。

 

 住田カフェが定休日なので、麺太で昼食とする。岳上人はピリ辛味噌ラーメン、私は冷やし中華、餃子を御接待いただく。昼時ということもありお店はいっぱいだ。

 

 要害観音堂は高台移転したご自宅の庭に現在普請中とのこと。大工さんの体調がおもわしくなく完成が延び延びになっているが、遅くとも10月には完成するそうだ。柱は立ちましたので是非見に来て下さいとのことだった。再建支援金をお渡しする。おいしくお昼を頂いた。

 

 あたふたと店を出て上有住へ。近くは何度も通っていたが初めて山門をくぐって玉泉寺訪問。

 

 新しい庫裡に91歳のおばあさんが寺を守っている。先代とともに地元で先生をしていたそうだ。住職は東京の大学で教鞭をとっているとのこと。月に一度は新幹線で帰ってくるそうだが、下りてからの車の一時間が遠そうだ。

 

 

 ご詠歌講はひところ70名と盛んだったという、しかし、いま講員は20名を切ってしまったそうだ。周年行事も2年前倒しで行い、続けていけるかどうかと話していた、そんなとき私から出演依頼の電話がかかってきたと伺った。みなさんせっかくの話なので是非でましょうということに。ありがたい。これをきっかけに新たな講員がはいってくれれば嬉しい。講演会のときは3曲、最後の一曲は明るく伸びやかな新曲を唱えるつもりだと力強くおっしゃった。いろいろ心を掛けていただきとても嬉しい。

 

 庭木の手入れのことやご詠歌を習い始めたときのこと、ご子息のことや田舎の寺の苦労話まで一時間ほど楽しくお話しした。本堂にお参りさせていただいたが、聖徳太子像は指定文化財で御参りに来る人がいるそうだ。

 

 いそぎ上有住公民館へ。千葉さんとお会いする。一日徒歩巡礼の際には、写経と法話を行うことになっている。当日の流れを確認した後、まず会議室の予約、そして見学予定の住田町民族資料館を見学する。

 

 民俗資料館の建物は、昭和初期名建てられた旧上有住小学校の校舎を移築し使用している。千葉さんが子どもの頃通った校舎だそうだ。廊下がだいぶ広い。

 

 まず産金のコーナーへ。気仙は黄金文化を支えた産金の地、鉱山で実際使用された器具が展示され金をとりだすまでの行程が記されている。砂金を取るためのツルハシのような物があったり、鉱石をつぶす臼があったり、説明を聞きながらゆっくりみればすぐに一時間が経ってしまう。他に住田の生んだ歌人佐藤霊峰のコーナー、栗木鉄山のコーナー、民間信仰コーナー、民具の展示と共に炉端が再現されていたりと内容盛りだくさん。

 

 千葉さんとの話し合いでは、一時間程度の滞在なので、ガイドを数人お願いし3箇所程度のコーナーを見学することにした。産金、民間信仰、炉端を中心とした生活文化のコーナーが良いのではないか。ただし、ガイドを何人頼めるかはこれから。

 

 時間がすぐに経ってしまい、あわてて車で坂本堂、城玖寺を訪ねた後、六日町散策コースをトレース。

 

 坂本堂はお孫さんがおばあちゃんと草取りをしていた。食事の支度も草取りも、頼まなくてもやってくれる子なんですと嬉しそうだった。

 

 城玖寺もご挨拶し手ぬぐいをお渡しする。六日町では、佐藤霊峰の生家跡、裏の神社にある土俵跡、五葉山神社のご神木、八幡寺の桜などを訪ねる。木をテーマとしてコースを考えていらっしゃるそうだ。千葉さんのエネルギーにいつも圧倒されっぱなしである。間近くなったら詳細を詰めていくこととする。

 

 途中いつも茶菓をご接待いただいている長桂寺にお寄りするがお留守、玄関に名刺と共に手ぬぐいを置く。さてこれにて本日の予定無事終了。コンビニで飲み物を仕入れ、一期舎に。自然発火の火災で全焼したが、この度復活。火事は2年前の3月、徒歩巡礼に行く直前、お父さんから火事で焼けてしまったため、宿泊をお受けできないと電話があった。巡礼の際に訪れたが、見る影もなく黒く焼けてしまった家を見て悲しく寂しくなった。

 

 家の前に着くとお父さんお母さんの後にはほぼ以前と変わらぬ家が。土台は残っていたため間取りはまったく同じだ。

 

 風呂に入り、待ちに待ったご飯。4人であれこれ話ながら頂く。にじますの塩焼き、ふかした紅白じゃがいもの塩から載せ、なすとピーマンの味噌炒め、まぐろとサーモンとたこのお刺身、やまいもの梅酢漬け、はなびらだけの炊き込みご飯。うまいっ。心づくしの料理に食事も酒も進みまくり。楽しく10時までお話しする。横になったらあっという間に寝てしまった。

 

8月3日

一期舎にて朝食…新川さんと陸前高田駅で合流(8:30)…陸前高田観光物産協会…金剛寺ご本堂再建祝い…細谷英男先生宅ご挨拶(10:00)…ここで岳上人とお別れ…立山観音堂…要害観音堂…古谷観音堂…長圓寺…大石観音堂…未来商店街「てるてる」で昼食…観音寺…延命寺…正覚寺…氷上神社…光照寺…普門寺…東海新報…竹野文具…大船渡観光物産協会…船野さん…佐藤忠清さん…大船渡市博物館…一ノ関駅

 朝は5時に起きて1時間ほど走る。トンネル開通以降ほとんど歩かれなくなった旧道を大股へと走る。大股を次世代に伝える会の案内板が各所に立っており、村の功労者の家や不動堂、祠などにも立ち寄る。旧大股小学校が公民館になっているが、プールに体育館校庭ともども立派なものでもったいない。

 

 夏の花が咲き誇る道をあちこちきょろきょろしながら走るのは最高に気分がよい。気温は18度。寒いと感じるほどだ。充実した朝のランニングだった。一期舎の犬も尾っぽを振って喜んでくれる。

 

 朝食も豪華でご飯を2杯食へてしまう。鮭の塩焼き、インゲンのクルミあえ、ワラビのおひたし、ニンジン筍ワラビちくわの炊き合わせ、古代米入りご飯。たまらん。秋の予約も済ませる。

 

 8時過ぎに出発、世田米を通り過ぎ陸前高田駅で新川さんと合流。私は新川車へ移動。まず、陸前高田市観光物産協会へ。気仙三十三観音てぬぐいを壁に張っていてくれる。なんと手ぬぐいを販売していただくことになる。20部を託す。

 

 気仙大橋を渡って金剛寺へ。仮橋の横に本設の橋がかなり出来てきた。今泉はずっとかさ上げ工事。金剛寺さんに到着ししばしの歓談。10月に落慶法要が行われる運びとなり、私も列席させていただくことになる。

 

 本堂を拝見する。住職は小さいと仰るが東京のお寺とくらべるとずっと大きい。右手に事務室、左手奥は位牌所、正面の須弥壇は随分高く感じる。あと少しで建物自体は完成し、内装へと移る段階だ。

 

 床板の檜は長圓寺の檀家さんのご寄付、天井に入っている赤松12本は矢木澤商店の寄付、杉材は金剛寺の山から切りだした物、ケヤキは高台造成で切った物などを購入したり頂いたりしたそうだ。普通の本堂の普請よりいろいろな方の思いが直接関わっているように感じた。

 

 天井板の梵字は住職が描いた物。なんでも器用にこなすスーパーマンだ。本堂落慶法要まではご多忙であるに違いない。

 

 いよいよ細谷先生宅訪問。初めてお会いするので少々緊張する。ご自宅はアップルロード入口のところ。屋根の高い立派なお宅だ。前の国道は何十回と通っている。

 

 私どもの活動の内容をまずお話しし、秋の講演会の題を決めていただく。気仙の仏教文化だと一時間半ではちょいちょいつまむだけで終わってしまうので、時代を限定し「古代の気仙の仏教文化」という題に落ち着く。産金と寺院とが密接な関係にあることはよく言われこと。細谷先生と話していると、泉からわき出る水のように知識があふれ出すよう感じる。録音してもう一度復習したかったと思う。以後、中世・近世・明治・戦後とシリーズでお話しいただきたい。ご健康に留意され長く学恩を頂戴できればと願ってやまない。

 

 ここで岳上人とお別れ。夕方5時には増上寺に入らねばならないという。新川車はまず近くの立山観音堂大和田さん宅へ。おばあさんが縁先からちょっと落ち足首剥離骨折という。いままで入院、怪我もなかったのに初めてだとなげいていらっしゃった。海が見渡せる高台の部屋でお茶菓子を頂きあれこれお話しする。手ぬぐいはお堂に張ってくれることになった。とても喜んでいただいた。前日あゆみ観音の一彫り運動に関わった京都の当麻寺さんが訪ねてくれたそうだ。観音様の御縁が今でもしっかりとつながっている。

 

 お昼には少し早いので、要害観音堂へ。新に成った熊谷さん宅の脇に2m四方のお堂が建っていた。柱とお堂本体はブルーシートでくるまれていたが、完成の姿は想像できる。小さなお堂を建てようと思っているとおっしゃっていたが、結構大きなお堂でビックリ。

 

 すぐ近くの古谷観音堂はおばあさんがいらっしゃる。長圓寺さんは法事が始まるところでご住職と少しだけお会いできる。それぞれ手ぬぐいをお渡しする。大石観音堂は不在で玄関に置かせてもらう。

 

 ここでお昼。未来商店街の「てるてる」へ。新川さんはエビフライカレー、私は刺身定食。マスタ一人で料理を作り、出し、食器を下げるのは大変そう。お寺の旅行でもお世話になった。

 

 次は矢作の観音寺さん、竹駒の正覚寺さん、ご住職がいらっしゃる。延命寺さんは奥様。

光照寺は高澤ご住職がいらっしゃる。ご住職は絵を描く方なので手ぬぐいを一目見て、これだけの観音様と名所を限られたスペースにきちんと描く技量がすごいと誉めていただいた。もし売るのだったらと50部注文を頂く。これまたすごいことだ。普門寺さんは奥様とご子息がいらっしゃった。高速に乗り大船渡へ。東海新報上野さんは不在、手ぬぐいを託す。平山さんの敷地に出来たお地蔵様の祠をお参りする。

 

 お世話になった大船渡屋台村を見ると、入口の門をのぞきかさ上げ工事の真っ最中。更地になっている。初めて大船渡に来たときが屋台村がオープンして10日後でタクシーを飛ばして来たことを思いだす。色々な方とお会いした御縁をつないでくれた屋台村が消えてしまったのは寂しいの一言だ。少し前へと復興が進んだということでもある。

 

 竹野文具に立ち寄りミキさんに贈呈。さらにいつも盛大な宴を催していただく船野章議員宅、佐藤忠清さん宅にお届けする。これで100部が全て無くなる。

 

 時間があるので大船渡博物館へ。ゆくゆくは講演会の講師をお願いできないかとの打診だったが、学芸員のおひとりは縄文文化、もうひと方は民俗文化が専門だそうで、仏教に関わることはなかなか難しいとのことであった。ともかくそれが分かっただけでも収獲である。

 

 当初から予定していたところはほとんど回ることが出来た。新川さんの車のお陰である。たいへんありがたい。さらに車で一ノ関まで送っていただく。予定より一時間以上早く着くことが出来た。

 

 一ノ関駅近くの銭湯亀の湯で汗を流し、「こまつ」で地酒と上手い肴で自分をねぎらう。カウンターでご一緒したお二人とやけに盛り上がってしまった。新幹線の時間ギリギリ、かなり焦った。