2017年

8月

09日

2017年3月25日~30日 第4回「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました

 第4回「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました。昨年の第3回は、大学生という参加枠を取り払い、対象を一般の方へと広げ、一日毎の参加申込みとした結果、多くの参加がありました。

 

 今年は、さらにコースに大幅な手を入れ距離を短縮。①復興のための工事が各所で行われ、多くのダンプが国道を行き交うため、国道歩きを極力無くしました。②一日の始発と終着は駅を原則とし出入りを楽にしました。③距離を大幅に削減し全日20キロ以内になるようにしました。

結果、25日22名、26日13人、27日14人、28日20人、29日20人、30日27人という多くの参加者が集まったことは大きな喜びです。お参りしている同行としての柔らかな連帯感。日を重ねるに従ってみなさん和気藹々とした雰囲気になっていきました。気仙の地に観音霊場巡礼がより機能するべくこれからも働きかけていきたいと思っています。

 

 

 徒歩巡礼前日には、大船渡のFM「ネマライン」に出演し、徒歩巡礼のお誘いをしました。あっという間の15分でした。しゃべりたりない、という感じでした。

  

 また、環境省の肝いりで、青森県八戸から福島県南相馬までをつなぐ、「みちのく潮風トレイル」を歩いた経験を元にしてマンガ「みちのくに みちつくる」を著された、しまたけひとさんに全日の参加をいただきました。気仙三十三霊場が、そして徒歩巡礼がマンガとして発信されたとしたら、とてもすばらしいことだと思います。発刊が楽しみです。

2017年

7月

06日

2016年10月8日~9日 一日徒歩巡礼と講演会を実施しました

 今年の秋の行事は、高台造成地に新たに完成した陸前高田市コミュニティーホールを会場として、8日に一日徒歩巡礼を9日に講演会を実施いたしました。

 

 8日は10時開始、参加者は14名。まず「食作法のこころ」と題して30分程度福田がお話しをしました。身近な食の「もったいない」エピソードをいくつか取り上げた後、修行中に食事を取るとき皆でお唱えする食作法の言葉について解説しました。

 

 そして「延命十句観音経」の写経。シーンと静まりかえった中で心静かに写経を行います。それからみなさんと「般若心経」をお唱えし、それぞれの所願成就を祈念しました。

 

 午後から羽縄観音堂、正覚寺、荘厳寺、延命寺と4キロほどゆっくりお話しをしながら歩きます。みなさん娘同士が友達であったり、実家が近かったり、元の職場に関わりがあったりと、色々なご縁で繋がっていることが判明し、初めて会ったとは思えぬほど和気藹々とした雰囲気でした。津波の時の悲しいお話も伺いましたが、お参りするのはとても楽しいと喜んでいただけました。

 

 9日は「気仙三十三観音への招待」講演会。今年はえさし郷土文化館の野坂晃平先生に講師をお願いしました。50名程度の参加。お世話になっている方も多く参加下さいました。ご詠歌は真言宗智山派常光寺さまのご詠歌講にお唱え頂きました。とても緊張されていましたが、澄んだ声音でしみじみと聞かせました。ありがたいことです。

 

 講演は、平安時代に坂上田村麻呂が東北に征夷大将軍として訪れたとき、討ち取った蝦夷の武将を弔うため観音堂を建てたという伝説を持つ、気仙三観音を中心としたお話しでした。帰りは再建された立山観音堂を拝した後、気仙沼屋台村にて盛大に反省会を行いました。詳しい内容は「活動報告」をご覧ください。

 

 9日は「気仙三十三観音への招待」講演会。今年はえさし郷土文化館の野坂晃平先生に講師をお願いしました。50名程度の参加。お世話になっている方も多く参加下さいました。

 

 ご詠歌は真言宗智山派常光寺さまのご詠歌講にお唱え頂きました。とても緊張されていましたが、澄んだ声音でしみじみと聞かせました。ありがたいことです。

 講演は、平安時代に坂上田村麻呂が東北に征夷大将軍として訪れたとき、討ち取った蝦夷の武将を弔うため観音堂を建てたという伝説を持つ、気仙三観音を中心としたお話しでした。

 

  帰りは再建された立山観音堂を拝した後、気仙沼屋台村にて盛大に反省会を行いました。

 

 詳しい内容は、「祈りの道」再興プロジェクトHPをご覧ください。

2017年

7月

06日

田端観音堂落慶

 田端観音堂は、陸前赤崎駅向かいの高台に建っていました。津波の時はお堂の参道の途中まで水が上がったもののぎりぎりで助かったそうです。別当家は被災してしましました。

 

 この度、お堂の土地が道路開発にかかり、新たに赤崎駅のすぐ脇に再建されました。

 

 今回の徒歩巡礼では山越えで赤崎へ着いたため、向かいの尾根で観音堂があるべき場所が造成され土がむき出しになっているのが見えました。地元の方なら「ばばばばば」というところ。「あれ、お堂がない」と絶叫してしまいました。

 

 しかし、左手の駅前にはなんと新たなお堂が建立されまた驚きです。いまでも月に一度17日にお茶のみをしているそうです。

2017年

5月

29日

2016年8月28日 慶祝山観音堂落慶法要

 東日本大震災により、観音像、観音堂、別当家の住居が被災した立山観音堂が、この度、海を見渡せる陸前高田市米崎町西風道(ならいみち)に再建されました。たいへんおめでたいことです。

 

 2014年6月16日のこと、岩手県・陸前高田観光物産協会のフェイスブックに「あゆみ観音プロジェクト」の記事が掲載されました。

 

 奈良県当麻寺中の坊・松村院主の肝入りで、高田松原の被災松を材として「あゆみ観音」を製作、制作の過程で東大寺、興福寺、長谷寺など、およそ50カ所以上の寺院を巡り一人一彫り延べ5000人以上の方が結縁したということや、完成後は陸前高田市の金剛寺さまに納められることが記されていました。その「あゆみ観音」さまを立山観音堂のご本尊として迎えられることになりました。

 

 法要は、大和田家菩提寺普門寺さまが導師をお勤めになり、落慶まであゆみ観音をお預かりいただいた圓城寺さま、そして私福田が出仕いたしました。

 

 また普門寺ご詠歌講の講員の方々によりご詠歌を御奉詠いただきました。さまざまな縁に連なる方々が30人ほど集まり厳粛な中に法要が執り行われました。

 

  毎朝、別当家の大和田さんによって、お堂の鍵が開けていただけるとのこと、多くの方々にお参りいただければと思います。

2017年

5月

29日

泉増寺の観音像が10世紀前後の作であることが判明

 気仙三十三観音第一番霊場で、気仙町にある泉増寺の観音像が、奈良教育大学の文化遺産調査により、10世紀前後の作であることが判明しました。

 

 この1000年以上前に作られた鋳銅製の仏像は、気仙郡において、今まで判明している中では最古の仏像ということになります。

 

 気仙の歴史に新たな一ペイジを開く大発見だと思います。

 

 今後も新たな発見が続くよう期待したいと思います。

2017年

5月

29日

2015年9月 気仙三観音が岩手県文化財に指定されました

 

 気仙三十三観音霊場の矢作の観音寺、小友の常膳寺、猪川の長谷寺は、それぞれ坂上田村麻呂にかかわる伝説を有する霊場で、古くから「気仙三観音」として信仰を捧げられてきました。

 

 この度、観音寺所有の「十一面観音立像」「伝毘沙門天像」「伝虚空増菩薩像」と常膳寺の「十一面観音立像」の仏像4体が岩手県文化財に指定されました。これにより「気仙三観音」すべてが県指定文化財となります。

 

 観音寺の3体の仏像は平安時代の作、常膳寺の仏像は室町時代の作と言われています。幾多の試練を乗り越え今に伝えられた宝物が、こうして評価され広く知られるようになることは喜ばしいことです。

 

 観音寺、常膳寺の仏さまは秘仏ですが、ご開帳の時はぜひお参りいただきたいと思います。

2016年

9月

02日

2016年8月2日~5日 大中仮設でのにぎり仏ワークショップ

 

 大震災から5年が経ち、我々の活動も一定の枠組みが出来た今は、行事を終えるとすぐに帰京というかたちになった。

 今回は、立山観音堂落慶法要についての打ち合わせ、大中仮設でのにぎり仏ワークショップを柱として、お世話になった方々を訪問しもう一度ご縁を結び直す、そんな4日間にしようと考えた。みなさん、温かく我々をお迎えいただきいろいろお話しを伺うことが出来た。観音さまからいただいたご縁のありがたさをしみじみ味わった気仙行きであった。

 

 

 大船渡中学仮設集会所での「にぎり仏ワークショップ」は、ます君島さんから飛鳥時代から現代までの仏像の歴史を10分程度で写真を見ながら解説を受けた。

 

 それぞれの前にある紙皿にはラップでくるまれたパウンドケーキに見まがうような固まりがある。それと楊枝とへら。茶色の固まりは木の粉をベースとした粘土、思わず食べそうになった。鼻を近づけると木の良い香りがした。

 

 まず紙に願い事を記し、ようじを芯にしてくるくると丸める。「家内安全」「身体健全」など、私は「気仙三十三観音興隆」と記した。

 

 そして粘土を手でつぶし平らにし、お願い事を記した紙を芯にして仏さまへと造形していく。親指と人差し指でぐっと握ると顔の部分と胴の部分ができる。耳を付ける人手を付ける人、楊枝で模様を入れる人。顔を描いてできあがり。隣の人の工夫をあれこれ批評しながら少しずつ仏さまらしくなっていく。みなさん、それぞれの個性がある仏さまを1時間程度で完成させる。

 

 その後、全員でお経をお唱えし願い事の成就を祈る。仏像の製作とは祈ることで完成するというのは、さすが君島さん。終了後、お新香やおいなりなどを頂く。みなさんと歓談して解散。今度の10月には仮設にお祀りしている「邂逅観音」を川原住宅の集会所に移すためお参りに来ることになっている。それがこの仮設に来る最後となる。

2016年

6月

06日

気仙三十三観音手書きカレンダー到来しました

 5月18日、突然、澤田さんという方からお手紙を頂きました。中には、気仙三十三観音霊場のスケッチが載る手作りカレンダー6枚が同封されていました。やさしく、うつくしい絵でした。感激しました。

 

 お手紙にはこう記されています。

 

「余暇を利用し、霊場を巡りながら、絵に記憶を留め置くことを楽しみの一つといたしております。先般、祈りの道再興プロジェクトHPを目にし、気仙の霊場の存在を知ると共に、地道なプロジェクトの活動に大変感銘を受けました。

 私事、この五月の連休、まとまった時間を取ることができ、気仙札所の旅をして参りました。震災の爪痕はいまだ痛々しくも、徐々に町が復興されつつある姿に触れ、「生きる」力強さをひしひしと感じて参りました。

 同封のカレンダーは、今回描き止めた絵をもとに自作したものです。被災地の一日も早い復興と共に、気仙の札所文化が末永く伝承されていくことをお祈りいたしております」

 

 有り難い限りです。お参りの輪がますます広がるよう、これからも尽力していこうと、さらにぐっとやる気がでました。

 

 

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2016年

4月

21日

サンマチ2015報告

2015年12月19日~20日参加者:吉水岳彦、福田亮雄

 津波で直接的な被害を受けた子も、そうでない子も皆、今なお不自由な学校生活を送っている。地元大船渡の大人たちが子供たちに何かできないか、そんな思いから「子供たちに笑顔を届ける冬の風物詩」を合い言葉に「サンタが町にやってきた」という企画が始まった。サンタさんが町に繰り出し、公民館などで子供たちと遊び、お菓子をプレゼントする。地元大船渡だけでなく、東京からも多くの方が参加した。子供たちの笑顔、お父さんお母さんの笑顔、サンタさんも笑顔、今年3回を数え、しっかり定着してきたと感じる。

 

「祈りの道」再興プロジェクトがいつもご支援・ご協力いただいているミキ店長が、昨年よりサンマチ実行委員長に就任した。きっと一年を通して、様々な機会を捉えて若い方々と交流し、新たなスタッフを開拓してきたのだろう。そして、会議を幾度も重ね、実施計画の策定、人員の配置などなどきめ細かく行い、いよいよ本番の日を迎えた。その実行力に頭の下がる思いである。

 

 私たちも少し関わらせていただきたい、そして大いに楽しみたい。そんな思いで大船渡へ出発した。

12月19日

上野駅(8:02)……一ノ関駅(10:12)(10:23)……気仙沼駅(11:46)(11:54)……陸前高田駅 (12:30)…陸前高田観光ガイド講習会…陸前高田駅(17:04)…大船渡駅(17:50) 

 秋の行事の時、陸前高田観光物産協会の大坂さんから、今度来るとき、会の活動についてちょこっと話してくださいと依頼された。軽い気持ちでお受けしたが、後日送付されてきた要項には「陸前高田観光ガイド・震災の語り部研修会」と記されていた。地元のガイドさんたちに気仙の話をするなどはなはだ僭越である。でも、私どもの活動の内容を、地元で活躍されている方々に直接お伝えできる機会をいただいたことはとてもありがたいこと。今まで積み重ねてきたことをできるだけ正確に簡潔にお話ししようと、スライドを作り気仙へと出発した。

 

 8時に上野を出て12時半に陸前高田着。4時間半、これが最速である。下り立った一ノ関は晴れ間が出ているにもかかわらず小雪が舞っていた。ぐっと冷えている。ホームでは暖房の入った待合室に入るほどだ。しかし、気動車が気仙沼に近づくにつれ、晴れ間がだんだん広がり、ついには青空となる。少し暖かくなった。さすが、岩手の南国といわれるだけある。

 

 BRTに乗り換え高田へ。ホテル三陽を左手に見ると「ああ、帰ってきた」という感じがする。でも、高速道路の橋桁ができていたり、新たに冷蔵工場が建設されたり、なんといっても希望の架け橋からタコの足のように伸びていたベルトコンベアが撤去されていたりと、風景がまたまた変わっているのに驚かされる。陸前高田駅に到着。

 

 まずお昼を取ろうと、歩いて5分の栃が沢ベースにある「やぶや」に。震災前と変わらぬ味で人気だというこの店、すごい活気である。何度も前を通っているのだが、入るのは初めて。ぎっしりのお客で待っている人もいる。どうも天ざるが人気の様子、大勢の人がこれをチョイスしていた。私は時間が押しているので大もり。冷蔵庫で冷やしてある汁は、ちょっと甘めだが鰹節の香りがプーンと香っておいしい。また量がとても多い。満足して店をでる。

 

 隣の酒屋兼雑貨屋で、地酒酔仙の特別純米「多賀多」を購入。高田産のお米で仕込んだ美酒だ。少々予定より遅れて陸前高田市コミュニティーホールに到着。

 

 会場では、副会長で語り部の實吉さんが熱く語っていた。題は「震災で失われた高田・今泉にあった碑等について」。まず地名の語源についてのお話しだった。ケセンとはアイヌ語で端という意味だそうだ。この地をケセンと呼んだ人々の中心とはどこにあったのだろうか。

 

 

 続けて、①高田松原について、②五本松碑群について、③通岸道慶處士之墓、④津波石、⑤姉歯橋の由来、⑥千葉周作誕生の地碑についてお話しされた。すべては記せないので、高田松原について内容の要約を以下に記す。

 

 高田松原は、元々は立神浜とよばれる荒れ地であった。寛文6(1666)年のこと、仙台藩が行った水田開拓計画の一環としてその立神浜に暴風防砂林を作ることになる。請負者として地元の素封家である菅野杢之助に白羽の矢が立った。まず、人夫200人で6200本の松を植えたものの活着は3000本にも満たない。そこで5年をかけ徐々に松を植えていくよう方針を変更したところ、18、000本の活着を見たという。

 

 松の植林は菅野家の子孫に引き継がれ、左門杢之助、杢助、七郎左右衛門と尽力するが、私財を投じてまで植林を行ったため、豊かな菅野家も家が傾いてしまった。菅野家は仙台藩から松原を管理する役職に代々任ぜられ、家を存続させることができたそうだ。

 

 時代は移り、明治となった。金のなかった明治政府は、地元に松原を買い取るよう要請する。今の高田松原とは、今泉松原と高田松原を合わせての総称。今泉の松原については今泉村で購入することになったものの、高田の松原については、村での購入を見送ったため、松原を守ってきた菅野家の所有となる。しかし、菅野家が借財を払うことができなくなり、摺沢の横屋へと所有権が移った。

 

 ある時、横屋が婿を取って分家をさせることになり、高田松原の松を切って家を建てることにした。松が切られていくのを見た村人たちは、皆の共有財産であると思っていた高田松原が、実は個人の所有であることをその時初めて知ったという。

 

 折しも第二次世界大戦が終わった後、政府は財産税を新たに設けたが、高田松原もその対象となる。横屋はそれを払うことができず、20万で高田村に売却することが決まった。そのとき、村長に関わりのある高校生がリックに15万円を詰めて払いにいったというのは今では考えられないお話しである。かくして高田松原は、高田の共有財産となった。

 

 その他、高田市街付近に周囲約18mの花崗岩がありその周りを五本の松の大木があった「五本松」に立っていた、村上道慶顕彰碑、金野種山先生顕彰碑、金比羅大権現、湯殿山碑、坂井布機の碑の由来や、自らの命を掛けて今泉村と高田村との漁業権を巡る争いを収めた村上道慶の話、先祖が子孫に津波による惨禍を繰り返さないために残された「津波石」が、高田に10箇所、大船渡に25箇所、岩手県沿岸部に200箇所もあるにもかかわらず知る人がほとんどいないという話、姉歯橋の名は、『伊勢物語』に記される栗原の姉歯に住んでいたという朝日姫、夕日姫に由来するという話、千葉周作の生誕地論争に終止符が打たれ、高田であることが証された話など興味深く伺った。

 

 よどみなく、明解な実吉さんのお話は何度聞いても聞きほれる。ガイドの皆さんも真剣にメモを取りながら話を聞いていた。

 

 そして、私が「気仙三十三観音霊場への招待」という題でお話申し上げた。気仙に足を運ぶようになった経緯や仮設住宅の集会所での活動について、気仙三十三観音との出会い、そして展開してきた活動について、合わせて活動の中で見知った気仙三十三観音霊場にまつわるニュースとして、①小松峠の観音様について、②稲子沢家観音堂再建について、③立山観音堂再建について、④坂口観音堂再建について、スライドを写しながらお話しした。

 

 驚いたのが、なんといっても視聴率の高さ。普段の大学の授業よりこちらを向いて話を聞いてくれた方がグッと多かったのでノリノリで90分お話しすることができた。楽しかった。

 

 終了後、ご挨拶した会長の金野さんは酔仙酒造の方。「雪っこ」飲んで復興支援という私たちの合い言葉をお伝えする。また、観音霊場のガイドをすることになったとき、我々のHPを読んでくれたという方にもお会いし、久々にガイドの新沼さんともお話することもでき、繋がりが広がりまたご縁が結び直された。

 

 5時ころのBRTに乗り大船渡へ。6時大船渡着。あたりはすっかり暗い。日が落ちるとグッと寒くなる。急ぎ竹野さん宅に向かい鍵をお借りし、荷物を置いてから屋台村へ。この日はなべ焼きの森さん経営する「天使の森」へ。お通しは巻き貝刺身、あぶりチャーシューと牡蛎のピリ辛炒め、締めは富士宮焼きそばで腹一杯。酔仙を冷やでぐいぐい行く。

 

 ぐいぐいと盛り上がったおじさんは、マグロの仲卸を営んでいる方。被災し家族を東京に避難させ単身で仕事をしているそうだ。震災の前は、利益を上げることが一番だったけど、色々な人に助けられたから今度はその恩を周りの人にお返ししたい、それが一番とおっしゃった。マグロが安く手に入ったときは少しずつ仮設の人に配ったり、夏にアンコウが500円で手に入ったときなど鍋を作って振る舞ったりというお話しを伺った。まっすぐな心がまっすぐな言葉で伝わってきた。悲しいお話しも伺ったがなんともほのぼのとしたひと時だった。最後に固い握手をしてお別れする。

 

 

12月20日        

竹野さん宅…大船渡駅(8:33)…盛駅(8:35)(9:20)…サンマチスタート…

 6時半起床。やはり寒い。いつものローソンにて朝食。大船渡牛乳を飲む。8時に竹野さん宅に伺い鍵をお返しする。大船渡駅からBRTで一駅乗り盛へ。

 

 会場のカメリアホールで、吉水さんと合流、ミキ店長ともお会いする。天気が良いのはなによりだ。駅前ロータリーには、屋台が出ており、サンタさんがうろうろ歩き回っている。受付を済ませ中に入る。

 

 新川さん宅に荷物を預けに行き、盛駅に出店している高校生喫茶でココアをいただく。濃厚でうまい、本格的な味わいだ。私たちは吉浜コース。同道するメンバーと簡単な自己紹介の後、サンマチ特別列車に乗り吉浜へ。以前もお会いした方と再会を喜ぶ。

 

 車内は、クリスマスらしい装飾がほどこされ楽しい。途中の駅で別のコースの人が下りていく。

30分ほど乗り吉浜へ。一緒に過ごすのは早稲田大学の学生サンタ。国内外でボランティアを行っているサークルだそうだ。

 

 駅より津波の記念碑、石川啄木の歌碑を見学した後、津波石へ。津波石とは、後生に津波の災禍を忘れぬよう刻まれた石。昭和8年の津波の際、打ち上げられた幅3m立2mの大きな石に「津波記念石 前方約二百米突 吉浜川河口ニアリタル石ナルガ昭和八年三月三日ノ津波ニ際シ打上ゲラレタルモノナリ 重量八千貫」と彫られている。道路造成の際埋めてしまったが、この度の津波で表土が削られ「出現した」ものである。近くまで行ったのだが、津波で壊された橋がまだ架け直されておらず時間切れで見ることは叶わなかった。

 

 空は青く海は静かで、のんびりと吉浜歩くことが出来た。お寺に津波記念碑があり、集落名と亡くなった方の名前が刻まれていた。同道したみなさんにも見て欲しかった。途中のスーパーで昼食を買い、公民館へ。スーパーのおばさんの孫がサンマチに参加するということもありすごくまけてもらう。

 

 昼食を取っていると子供たちが集まってきた。総勢15名程度か。お母さんやおばあちゃん、お父さんといっしょに来る子供もいる。小学校高学年の子もおり、体格の差が大きい。

 

 吉水さんがバルーンを教える。時間は1時間半、結構な時間だ。バルーンで作ったお花を手に結んであげたり、長い風船をふくらませ剣を作ったり…。バルーンで作った輪を、それぞれが持つ剣で手を使わずにリレーをするというゲームや、グループの中の一人がする仕草を皆が真似をするのを鬼が見て誰が仕草を発信しているかを当てる「震源地」というゲームをする。

 

 座が和らいでくると大学生と剣をもってのじゃれ合いとなり、会場所狭しと走り回っている。子供たちも楽しそうだ。最後は、おかしを一人一人に手渡す。子供達は「サンタさんありがとうございました。また来年も来て下さい」と可愛い声で声を掛けてくれた。

 

 

 帰りもサンマチ列車で盛へ。大船渡各所の公民館に何百人という子供たちやご両親、ご家族らが集い、楽しい時間を共有できるということは素晴らしいことだ。ぜひ、サンマチが継続していって欲しい。カメリアホールではコンサートなど各種イベントが成されている。

 

 新川さん宅へ荷物を取りに伺う。知人に挨拶しているともう4時過ぎ。この日のけせんライナーがとれないため、遠野経由で帰らねばならない。すぐにサンリア前のバス停へと移動しバスに乗車する。

 

 すぐに辺りは暗くなる。徒歩巡礼で歩いた道を北へと向かう。風景は分からないが、聞き知った地名がありちょっとうれしくなる。5時半に遠野着。日曜ということもあり町は真っ暗。食堂、ラーメン屋、喫茶店がぽつんとやっているのみ。居酒屋は三軒開いていたが、駅前の「待月」が最も良さそうなので入ってみる。遠野の上閉伊酒造が醸す、万山にごり酒、遠野夢街道、国華の薫と立て続けに責める。お刺身やブタの岩塩焼きなど久々の遠野の夜を楽しみ、10時の夜行バスに乗った。やはり翌朝、首が凝り腰も痛くなった。

 

 講演会そしてサンマチと楽しめた年末であった。次は3月の徒歩巡礼。立山観音堂がもう形を成している時期なのでその姿を見るのがまた楽しみである。

 

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2016年

4月

14日

気仙三十三観音徒歩巡礼に参加された方からのお便り

 三月下旬、満開の梅の馥郁たる香りの中、6日間、130キロに及ぶ「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました。共にお参りしているという柔らかな紐帯を感じつつ、楽しく歩くことが出来ました。

 

 参加されたある方からお便りを頂きました。結願の浄土寺についたとき、「今日が私のこの世の浄土の道たどりついた日」と思えたそうです。この方は歩く道すがら多くの知り合いに偶然出会いました。行き交う車に乗っていた方、日向ぼっこをしていた方…。

 

  常膳寺の近くで御接待を頂いた家の方とお話しをすると、20年前に亡くなった母親のことを覚えていてくれました。すごく嬉しかったでしょう。すると、ふとこんな記憶を思い出させてくれました。

 

 気仙地方には「オガミ様の口寄せ」があります。以前、他界した母が、オガミ様の口をかりて「三途の川は渡りたくなかったがおじい様にむかえられ無事渡った。行く道すがらいっぱいの人に出会い袂を濡らした。浄土の道を歩き終え、良いところに座っている」と話しをしました。「また知っている人に出会った自分の話をして欲しい。忘れられることは寂しいから」とも…。

 

  亡くなったお母さんが辿った道と、この日に自分が歩いた巡礼とが、浄土寺でお参りしたときに重なり合い、20年前に亡くなったお母さんの存在をまざまざとリアルに感じたのでしょう。亡くなった方に出会う旅、自らの心に出会う旅…。

 

 別の方はこう仰います。「五年経てば五年目の悲しみがある」と。また、「色々な想いを抱えて生きている私たちは」「自分なりの鎮魂をしていきたいと考えていた」と仰る。それぞれの思いを注ぎ入れる器としての「巡礼」。そして、その思いは「浄化」される。巡礼は、厳しくもやさしいものなのです。

2015年

10月

25日

第4回 気仙三十三観音への招待 講演会」及び「第3回一日徒歩巡礼 盛の四霊場を歩く」報告

期 間:10月10日(土)~12日(月) 

参加者:藤沢裕雅、福田亮雄、福田陽子(全日)、吉水岳彦(11日朝~)、村上清(12日夜~) 

 

 今年の10月、気仙はイベントが目白押しである。ツール・ド・三陸、高田町合同式年例大祭、黒崎神社式年例大祭、太鼓フェスティバル、産業祭り、大漁祭り、サンマ祭り、大船渡復興東北三大祭り、三陸国際芸術祭などなど、その他、町会の運動会や町内会の旅行…。確かに屋外で何かをする最適の季節であるし、11月となるとぐっと寒くなってくるので、このタイミングなのだろう。

 

 しかし、「いくらなんでも、お祭りが多すぎる」と多くの方がおっしゃっていた。かくいう我々の行事もそのうちの一つなのだが…。これは、イベントを行うための施設が整い、かつ、気仙の方々の心に力が湧き起こってきたことを表しているのでもあろう。

 

 

 秋の行事は、大船渡カメリアホールにて講演会を大船渡の盛周辺の4つの霊場を巡る一日徒歩巡礼を行った。それぞれ50名、15名の参加があった。

 

 講演会では、まず、気仙三十三観音霊場に関わるニュース、①気仙三観音に数えられる、観音寺、常膳寺の観音像が県指定文化財に指定されたこと、②稲子沢観音の観音堂が新たに落成されたこと、③立山観音堂が来年再建されることをお伝えした後、密厳流遍照講長圓寺支部のみなさん23人のご詠歌奉詠、最後に仏師村上清さんによる「祈りをかたちに―仏さまを造る―」という題の講演を頂いた。

 

 一日徒歩巡礼は、猪川地区公民館にて法話と写経の後、舘下観音堂、稲子沢観音堂、長谷寺、洞雲寺と約6キロを4時間かけて歩いた。参加人数が少なかったことにより、多くの方と親しくお話しが出来たと思う。

 

 詳しくは活動報告(17)をご覧下さい。

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2015年

10月

22日

気仙三観音 県文化財に(東海新報)

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東海新報に気仙三観音(矢作観音3件、小友観音)が県文化財に指定されたという記事が掲載されました。

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2014年

11月

21日

2014年10月 光照寺さまにて講演会/一日徒歩巡礼「長部三観音を歩く」

期 間:10月11日~13日

参加者:吉水岳彦 藤澤裕雅 福田亮雄

 秋の行事は、講演会と一日徒歩巡礼。今年は光照寺境内に再建成った坂口観音堂にお参りいただこうと、光照寺さまを講演会の会場とした。


 光照寺ご住職高澤公省老師の御法話、光照寺梅花講のご詠歌奉詠というプログラムで「気仙三十三観音への招待  仏と出遇い 自らと出会う」講演会を行った。参加者は残念ながら30名程度であったが、御法話では坂口観音堂の歴史的な経緯と観音様のご功徳についてお話しいただいた。ご詠歌は、観音様にちなんだ曲を3曲。南こうせつ作曲のフォークのようなご詠歌とバラエティーに富んだ曲を奉詠していただいた。


 そして一日徒歩巡礼は、長部三観音を歩いた。一日徒歩巡礼は昨年初めて実施したが、チラシの「徒歩」を見落としていたという方が多数いらっしゃり、「歩くなんて知らなかった」「あんな遠いところまで歩いたことがない」などの話が聞かれ、満蔵寺さまをお参りしてすぐに2人がお帰りになったし、行程半分程度の長桂寺でギブアップ、以降バス巡礼となってしまった。




 それを踏まえ、今年は、長部コミュニティーセンターにて、要害観音堂の聖観音像にお出まし頂き、法話と延命十句観音経の写経、そして昼食、午後は語り部の実吉さんの解説を各所で聞きながら、古谷観音堂、上長部観音堂とお参りをし、およそ3時間程度の徒歩巡礼となった。


 「30年ぶりにお参りした」「お堂の中に入ったのは初めて」「何度も来たが観音様を初めて拝んだ」など地元の方でもいろいろな発見があったようだ。楽しくおしゃべりをしながら歩くことが出来た。

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2014年

8月

06日

7月11日 陸前高田市未来商店街にて行われた「あゆみ観音」奉納法要に参列してきました。

立山観音堂のご本尊「あゆみ観音」さま
立山観音堂のご本尊「あゆみ観音」さま

6月16日のこと、岩手県・陸前高田観光物産協会のフェイスブックに「あゆみ観音プロジェクト」の記事が掲載されました。奈良県当麻寺中の坊・松村院主の肝いりで、陸前高田市高田松原の被災松で「あゆみ観音」を製作、制作の過程でおよそ50カ所以上の寺院を巡り一人一彫りのノミ入れを行い、延べ5000人以上の方が結縁するということ、完成後は陸前高田市の金剛寺さまに納められることが記されていました。

 

金剛寺さまのご本尊如意輪観音像はがれきの中から見つかりましたが、立山観音堂の観音様はいまだ見つかっていません。「あゆみ観音」を立山観音堂のご本尊にお迎えできないかと思い立ち、翌日松村院主にメールをしたところ、金剛寺さんら関係各位の了解が得られれば異存はないとのこと。立山観音堂別当の大和田さんにおつなぎしたところ、ぜひにということとなり、そして金剛寺さんらの了解も得られ、数週間でトントンと話が進み、「あゆみ観音」さまを立山観音堂のご本尊として迎えられることになりました。観音堂完成までの間は、金剛寺さんが避難している圓城寺に仮安置されることとなっています。

 

7月11日に陸前高田市未来商店街にて行われた奉納法要には、「祈りの道プロジェクト」から福田と吉水さんが参列しました。これからも当麻寺さんはお堂再建に向けての募金を続けてくれるそうです。ありがたいですね。早く立山観音堂が再興なれば、と願っております。

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2014年

2月

01日

「祈りの道」を歩こう(東海新報2014年1月11日)

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東海新報(2014年1月11日)に気仙の高校生、大学生を対象に行う「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼~祈りの道を歩く」(ひとさじの会主催)に関連する記事が掲載されました。

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2014年

2月

01日

「それぞれの生きるかたち」東海新報2013年12月28日

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東海新報(2013年12月28日)に気仙三十三観音霊場「一日徒歩巡礼」に関連する記事が掲載されました。

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2014年

2月

01日

第二回「気仙三十三観音霊場への招待」アンケート集計結果

第二回「気仙三十三観音霊場への招待」アンケート集計結果(集計数43枚)

 

1.本講演会のことをどのように知りましたか。

 

東海新報から〔5人〕、お寺から聞いた〔22人〕、チラシを見て〔4人〕、知り合いから聞いた〔8人〕、仮設の集会所で知った〔1人〕

 

2.気仙三十三観音霊場のことをいつ、どのように知りましたか。

 

東海新報の連載で知った〔5人〕、お寺から聞いた〔7人〕、家族から聞いた〔7人〕、友人から聞いた〔2人〕、本を読んで、霊場が近くにある、気仙三観音出開帳で、ひとさじの会に聞いた〔各1人〕

 

3.気仙三十三観音をめぐったことがありますか。ある場合はどのくらいの霊場数をめぐりましたか。

 

すべて〔5人〕、15箇所以上〔2人〕、10箇所以上〔1人〕、数箇所〔4人〕、なし〔17人〕

 

4.本日の講演会はいかがでしたか。

  • 知らないことばかりで楽しく聞かせていただいた。気仙人であることを誇りに思う。
  • たいへん勉強になった。〔4人〕
  • 今まで大庄屋のことをあまり知らなかったので良かった。〔3人〕
  • 歴史を詳しく聞くことが出来楽しかった。 
  • とても良かった。〔11人〕
  • 地元のことに感心した。
  • 高田をこんなに愛していただき感謝したい。
  • 昔の言い伝えが頭に蘇った。
  • とても楽しいお話でためになった。〔6人〕
  • 何度でも聞きたいと思った。
  • 心が和んでとても良かった。
  • 高田の素晴らしさを発見した。感謝したい。
  • 久々に時間の経つのも忘れ話に聞き入った。これから先のことばかりを考えていたが歴史の大切さ、残すことの大切さを感じた。
  • 瀬戸内先生の話が楽しく聞くことが出来た。
  • 私は娘が行方不明になっています。子を思う母の話があり涙が出ました。

 

5.次回の講演会でどのような内容を聞きたいですか。

  • みなさんに会える会であればなんでもよろしいです。
  • 気仙三観音と鬼伝説の詳しい話。 
  • また同じような話を聞きたいです。〔5人〕
  • 歴史の話はいつでも何でも好きです。
  • 今回の続きが聞きたい。
  • 甘竹勝郎んのお話も楽しいです。
  • 三十三観音にポイントを絞った話が聞きたい。
  • 街並みの素晴らしさ。
  • 文化までも失いたくありません。
  • 神仏について説明する講演が必要と思う。

 

6.その他のご意見・ご要望や気仙三十三観音霊場に関する情報などありましたらお書き下さい。

  • 平成26年に福島・宮城で気仙三観音の特別展を計画。東北歴史博物館が主に動くようです。
  • まだまだ観音様の事を知りたいです。
  • 川原会館の後ろに観音様がありました、地元の婦人部の方達が前から日を決めて行事をしていたのを聞いたことがありますが、お堂が津波で動いたと聞きました。 
  • 三十三観音を歩きましたがなんだか分からないで歩きました。今回はお参りをしてお経を唱えて歩きました。とても良かったです。何度でもお参りしたいです。
  • 三十三観音のなかで御朱印を頂きたくても出来ないところもあり、留守でも頂けるようにしてほしい。
  • 霊場巡りはまたとない機会と思いつつも午前中は浄土寺さまの行事に参加し霊場巡りは参加できかねました。
  • 専用の納経帳があれば…
  • いつか三十三観音を巡りたいです。
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2014年

2月

01日

12月21日から24日まで岩手県大船渡市で実施された「サンタが町にやってくる」に参加しました。

 「サンタが町にやってくる!~岩手★おおふなと★~」サンマチは、「震災から2年半が経ち、復興に向かって走っていかなければならない大船渡をもっと盛り上げよう。大船渡にない冬の風物詩を地元大船渡のチカラで作り出そう」(サンマチHPより)という思いから企画されたものです。

 

 大船渡カメリアホールをメイン会場に、大ホールでは子供たちのダンスやコンサートなど、2階和室では子供たちを対象としたワークショップ、そしてメインは、サンタウォーク。参加者がサンタの格好をし大船渡内の8コースに別れ、歩きながら出会った子供達にお菓子を配るというものです。

 

 80人以上のサンタが大船渡の各所を歩き回りました。我々は「お坊サンタ」として参加。写真を撮られたり結構人気者でした。ラーメンやから子供達が出てきたり、スーパーの出入口でお菓子を配ったり、車が止まって窓から手渡したり、楽しく一日を過ごしました。

 

 

  翌日は、「高校生『祈りの道』を歩く」の打ち合わせに東海新報社を訪れました。宗教にかかわる団体が学校で募集を書けるのは難しいとのこと。東海新報社さまがバックアップして下さり、誌上にて募集をかけることになりました。これまたありがたいことです。 詳しくは、活動報告(12)をご覧下さい。

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2014年

2月

01日

11月6日、ケセンきらめき大学は、第2回「気仙三十三観音 祈りの道」探訪バスツアーを開催しました。

 ケセンきらめき大学は、東日本大震災で犠牲になられた方々の鎮魂とふる里の復興を願い、心の安寧を求めようと、8月に引き続き、陸前高田市内にある7つの札所をバスで巡礼するツアーを行いました。

 

 34人が参加したそうです。霊場の中には、一昨年の大津波によって観音堂や本堂、庫裡、別当宅が全壊したところもあり、参加者たちは、惨状を目の当たりにしながら鎮魂の祈りをささげられました。

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2014年

2月

01日

10月28日 第2回「気仙三十三観音への招待」を高田の浄土寺さまで行いました。

 10月28日 第2回「気仙三十三観音への招待」を高田の浄土寺さまで行いました。

参加は100名以上、前日の徒歩巡礼に参加して下さった方が7名もおり、ほんとうにありがたく思いました。

 

 まず、ひとさじの会の紹介、気仙三十三観音再興プロジェクトについての説明、そして、五月に行われた「善光寺出開帳 両国回向院」の報告を行いました。出開帳では、4万を超える方々が気仙の観音様にお手合わせなさり、ぬかづき涙を流していた方も多くいらっしゃったことをお伝えいたしました。

 

 次に、浄土寺のご詠唱講の方々による浄土寺のご詠歌奉詠がありました。

 

 最後に、岩手県立博物館主任専門学芸員の佐々木勝宏先生から、「気仙のたから~大肝入の遺したもの~」と題する講演を頂きました。ご講演では、今泉の大肝入、または大庄屋と呼ばれた吉田家住宅や吉田家文書についてのお話が中心であった。お集まりの皆さんに、「気仙人」としてのすばらしさに気づいて欲しい、「気仙人」であることに誇りを持って欲しいという熱いお話でした。笑いあり涙ありの楽しく充実したしきを過ごされてのではないでしょうか。

 

 講演終了後、浄土寺さまの聖観音さまと、震災から一月後がれきの中から発見された要谷観音堂の聖観音さまを本堂正面にご安置し皆さんに拝んでいただきました。詳しくは活動報告(11)をご覧下さい

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2014年

2月

01日

10月27日 第一回「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼」を住田町で行いました。

 住田町の5つの霊場を巡る第一回「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼」を実施いたしました。

ちょうど台風が直撃し実施が危ぶまれましたが、当日は天気も良く、尾根辺りの紅葉を遠目に見ながら、のんびりといろいろお話をしながら歩くことが出来ました。参加は一般の方15名、僧侶・スタッフ13名、計28名です。

 

  参加者の中には「徒歩巡礼」という語を見落とし、「えっ、上有住まであるくの…遠いよ」と絶句する方も。そうかと思うと「四国遍路を歩いて巡ったので楽しみにしてきた」とか「毎日歩け歩けで1時間以上歩いているのでこれくらいは散歩ていど」と余裕の人もいます。大峰山で峯中修行をし法螺貝持参で良い音を聞かせてくれた方もいました。途中、陸前高田市観光物産協会の実吉さんの講話もありました。どの霊場も歓待していただき嬉しく思いました。

 

 長桂寺で、もう足が痛いという人も何人も見いたため、以後バスにての参拝となりました。参加者の中からは、今日は皆でお勤め出来たことがとてもよかったとの感想を頂きました。

 

 参加者の募集からバスの手配、保険の加入など大変お世話になった陸前高田市観光物産協会の実吉さん、大坂さんにお礼申し上げます。詳しくは活動報告(11)をご覧下さい。

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2013年

9月

23日

【徒歩巡礼】第1回 気仙三十三観音霊場徒歩巡礼のご案内

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2013年

9月

23日

【公開講座】第2回「気仙三十三観音霊場への招待」のご案内

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2013年

9月

04日

ケセンきらめき大学が、気仙三十三観音に関する講演会、一日バスツアーを実施いたします。

ケセンきらめき大学とは、「観光立地を目指した地元学研究や地域資源を活用した食・特産品開発、友好都市交流等を授業の柱に掲げ実践することで「気仙おこし」を目的とする」団体です。

 

8月24日(土)には、東海新報社佐々木克孝さんを講師として、大船渡カメリアホールを会場に講演会を実施いたしました。60名弱の参加者があったそうです。また、9月7日(土)には、大船渡市の5霊場を巡る日帰りバスツアーを実施予定です。

 

定員30名がまもなくいっぱいになるようです。地元の方々が観音霊場を見直し、お参りいただく機運が高まってきたのは、嬉しいかぎりです。要望が強ければ、数年かけてすべてをお参りできるようツアーを継続的に行うと聞きました。

 

ひとさじの会もケセンきらめき大学とどこかで協働できるよう話し合う機会を持ちたいと思っております。

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2013年

8月

05日

第三十二番札所坂口観音堂再建に協力するため寄付をいたしました

 陸前高田市高田町寒風にあった第三十二番札所坂口観音堂は、津波の被害に合いました。泥水につかった観音像は修復されましたが、傾いたお堂は取り壊されました。この度、坂口観音堂を光照寺境内に再建する計画が始動し、秋には再建されているとのことです。まだ、製材された材木が積まれているばかりでしたが、楽しみです。ひとさじの会では、観音堂再建資金の一部として、光照寺さまに10万円をご寄付いたしました。

 

 写真はただいま光照寺境内に建設中の陸前高田駅を模した慰霊堂です。津波でなくなった方々のお位牌が祀られるそうです。

 

 秋に実施予定の「気仙三十三観音霊場一日徒歩巡礼」及び第二回「気仙三十三観音招待」講演会実施に向けての打ち合わせに行って参りました。

 

 今秋の10月27日(日)に住田町の満藏寺、長桂寺、城玖寺、坂本堂までの約16キロを歩くという「気仙三十三観音霊場一日徒歩巡礼」を計画しています。また、翌10月28日(月)には三十三番札所浄土寺さまのご本堂で、第二回「気仙三十三観音招待」講演会を予定しています。

 

 今回の気仙行きは、それら実施に向けてのお願いや打ち合わせのために参りました。初日は、地元に伝わる伝承念仏を教えていただき、2日目は、徒歩巡礼道整備と観光物産協会さまとの打ち合わせ。3日目は、浄土寺さま、光照寺さま、荘厳寺さま、西光寺さまへのご挨拶とお願いでした。

 

 詳しくは「活動報告(10)」をお読み下さい。


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2013年

8月

05日

『改訂版 気仙三十三観音霊場巡礼「祈りの道 被災地巡礼」』佐々木克孝著(東海新報社)刊行されました

 『祈りの道』は、しばらく品切れになっていたが、この度、気仙地方で被災した神社・仏閣の巡礼を新たに加え、『改訂版 気仙三十三観音霊場巡礼「祈りの道 被災地巡礼」』が刊行された。ぜひ多くの方に、ご購入いただき、気仙三十三観音霊場について深く知っていただきたい。購入はこちら。

 

 以下は「はじめに」からの引用である。

 

 気仙三十三観音霊場札所めぐり「祈りの道」を発刊してから半年後、平成二十三年三月十一日に東日本大震災が発生した。震災による大津波で犠牲になった多くの方々にとって、あまりにも突然の出来事だったことだろう。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 千年に一度の規模といわれる水魔は、いにしえより地域を護り、心のよりどころとなっている聖域さえも容赦なく奪い去った。海岸近くにあった歴史のある神社仏閣も壊滅的被害を受けた。「被災地巡礼」を思い立ったのは、震災から一カ月後。とにかく海岸部にあった観音札所がどうなっているのか、ご本尊は無事だろうか、この目で確かめたかった。目を覆うばかりの惨状に言葉を失う。確認できただけでも、被災した札所は十カ所にも及んでいた。

この夏、札所をもう一度歩いてみようと思っていた矢先、気仙三十三観音霊場の道を再興しようという支援団体によるプロジェクトが動き出していることを知った。「ひとさじの会」。東京の浅草をエリアに路上生活者に月二回、おむすびを配る活動を続けている若いお坊さんたちだった。

 今回の紙上企画「被災地巡礼」で取り上げた内容を、初版「祈りの道」と合わせて再発行しようと思ったのは、津波で本が流されてしまったという方々からの声もあったが、被災地住民の〝心の寄る辺〟復活を願って、ホームページでの霊場紹介や、巡礼ガイドマップ、札所の御朱印作成などでご支援いただいた、「ひとさじの会」の方々の熱意に背中を押されたからだ。

 本書には、津波に流され、二度と見ることができなくなった寺院や風景などの写真もいくつか収録している。この本の力はささやかなものかもしれないが、被害を受けられた方々や、いつか気仙巡礼の道を歩いてみたいと思っている方々のもとに届くことを願っている。

 

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2013年

6月

18日

両国回向院の出開帳

 2013年4月27日より5月19日まで、両国・回向院さまにおいて「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」が実施され、3万人を超える多くの方にお参りいただいた。

 

  新築された回向院念仏堂の二階の広間に気仙にまつわる仏さま―被災地に安置する一光三尊像7体、高田松原の被災松で建立された善光寺と陸前高田市普門寺の親子地蔵、要害観音堂聖観音、金剛寺如意輪観音―が安置されていた。畳みの大広間であるため靴を脱いで、間近に仏さまを拝することが出来る。

 

 幾たびか、部屋の脇でお念仏を申したが、皆さん、説明文を良く読み、仏さまを熟視された後、固く目を閉じ手を合わされた方をよく見かけた。またある方は、畳にぬかずき礼拝されていた。涙を流しながら拝まれている方もいらっしゃった。いちように「よく泥の中から現れて下さった」とおっしゃっていた。まさに「ありがたい」という思いであろう。

 

  何万という方の思いが観音様に捧げられ、そのあまたの思いを抱え持って、観音様が気仙にお帰りになる。そう考えると、心がうちふるえる。


  また、本堂で行われた法話・講演に私どもを含めた気仙にゆかりのある方々がお話しする機会を与えられた。

 

 金剛寺ご住職小林信雄僧正は、金剛寺の歴史を話された後、被災後なにを考えどう行動したかということについて話された。

 

 ひとさじの会吉水上人は、気仙の伝承念仏を教えていただいた時の話から気仙に伝わるご詠歌について話された。

 

 私は、気仙三十三観音霊場の歴史や魅力を話した後、被災地のいまとこれからについて映像を交えてお話しをした。大船渡永沢仮設でボランティアの受け入れにあたって活躍された平山睦子さんは、自作の詩を朗読しながら震災後の思いをからりと話された。

 

 陸前高田観光物産協会の震災の語り部実吉義正さんは、様々なデータを示した後、衝撃的な映像の解説をしつつ、震災にまつわるエピソードを熱く熱く語られた。


  いずれも100名を超える方々が聴聞され盛況であった。気仙の地にすこしでも興味・関心を持っていただければ幸いである。


 詳しくは活動報告(9)をご覧下さい。

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2013年

6月

18日

講演会「気仙三十三観音霊場への招待」のアンケート結果

第一回「気仙三十三観音霊場への招待」アンケート集計結果(集計数75枚)

 

1.本公演会のことをどのように知りましたか。

東海新報から〔28人〕、お寺から聞いた〔16人〕、チラシを見て〔11人〕、知り合いから聞いた〔9人〕、仮設の集会所で知った〔8人〕ひとさじの会から聞いた〔4人〕

 

2.気仙三十三観音霊場のことをいつ、どのように知りましたか。

東海新報の連載で知った〔19人〕、お寺から聞いた〔12人〕、家族から聞いた〔10人〕、仮設の集会所で〔3人〕本を読んで〔2人〕(『祈りの道』『岩手のお寺さん(沿岸部)』)、図書館で、霊場マップ、ひとさじの会に聞いた〔1人〕

    

3.気仙三十三観音をめぐったことがありますか。ある場合はどのくらいの霊場数をめぐりましたか。

すべて〔15人〕、20箇所以上〔3人〕、15箇所以上〔4人〕、10箇所以上〔5人〕

5箇所以上〔2人〕、5箇所以下〔7人〕なし〔18人〕

  • 20度お参りした〔1人〕、3度〔2人〕、
  •  毎年2日ずつ歩いい参った。
  • 寺の行事として2年前に参った。
  • めぐるまでは…でも好きなお寺さんにはお参りしています。
  • 子供の頃から地元だったので遠足等でも行っていました。

 

4.本日の講演会はいかがでしたか。

  • とてもよかった。〔15人〕
  • ご詠歌が良かったです。また参加したいです〔10人〕
  • 楽しかった〔4人〕
  • とてもわかりやすかったです。〔2人〕
  • 佐々木さんの話をもっと聞きたかった。〔4人〕
  • 勉強になった〔2人〕
  • 心が癒された  ほっとした〔2人〕
  • 生きる力を得た
  • 出会いに感謝
  • お坊さんの話が良かった・具体的で言葉も地元にあった表現で聞きやすかった。
  • おもしろかったです。心救われるひとときでした。
  • 地元にいながらあまり知らないことを詳しく教えてくれありがたかった。
  • 「観音霊場との出会い」非常に示唆に富んだ内容でした。
  • 観音様に出逢える心について感動した。
  • 観音様の神髄に関わる話が聞きたい。
  • ご詠歌は大勢であるにもかかわらず呼吸を一つに合わせ素晴らしかった。
  • 心にしみ入るお話でした。これからも仏さまに手を合わせます。
  • 講演は『祈りの道』を読んで感じたこととは別に感得することがあった。
  • 寺巡りは歩くのではなく歩かされている。よく考えたい文言だ。
  • ひとさじの会の説明も良かった。仏様も神様も勉強不足なので少しずつ学びたいです。
  • 年を取って気仙のお寺の話を知りたくて夫婦で参加しました。講師のわかりやすい説明を聞いて気仙三十三観音霊場について関心を持つきっかけになった気がします。
  • 「仏に出遭い 自らに出会う」仏・人に出会い交わりを深めていく。縁の大切さを再確認した。
  • 多くの方が来場してくれたことにありがたさを感じ、観音様への信仰の深さを感じた。
  • 参加者がもっと多くなればよい。

 

5.次回の講演会でどのような内容を聞きたいですか。

  • 気仙三十三観音めぐりツアーを行って欲しい〔6人〕
  • 観音様のことをもっと知りたい〔3人〕
  • 三十三観音霊場の歴史を知りたい。各観音にまつわる明るい話、伝説など〔2人〕
  • 仏教に関することなら何でも。
  • 昔の家の物語、お寺との関係など
  • 真言と天台の観音 坂上田村麻呂三十三観音
  • 吉水さんの法話が聞きたい。
  • 災害後歩いてみた様子をスライド付きで歩きやすいように(朱印のもらい方)説明して欲しい。
  • 共に生き 共に存することの尊さ、ありがたさ、縁を軸に据えた生かされているという 思いを改めて考え気づかせてくれる講演を希望します。

 

6.その他のご意見・ご要望や気仙三十三観音霊場に関する情報などありましたらお書き下さい。

  • 毎月17日は長谷寺で住職さんのご詠歌やお話を聞き楽しみにしています。
  • 気仙50ヶ寺ご詠歌集という本が手元にあり、どのお寺が札所か知りたくて参加した。
  • 先日の気仙三観音復興祈願は素晴らしい企画でした。参加者の多いことに驚きました。 仏を身近に感じる機会でした。
  • 寺や観音堂の中には敷居が高い所があるが、気軽に参拝するのは不敬なのでしょうか。
  • 流失した観音様が早く見つかることを祈っています。
  • 流失した観音様を作りましょう。
  • 小学校の頃長谷寺のご開帳に夜盛から行ったのを思い出し懐かしいです。
  • 個人個人で宗派がありますので、参加するときに迷った。
  • このご縁は私に何かを教えているのかも知れないと思い、何もわからない私はこれから勉強です。初心者コースを特別に学べれば嬉しいなあ。
  • 本の再刊を待っています。
  • ひとさじの会を知りました。あいさつに心癒されました。
  • ともかく回数を増やして欲しい。
  • 時間設定はこのままがよい。
  • 観音様の詳しい話。出会い、めぐりありがたい言葉でした。
  • 司会・講演共にとても聞きやすくやさしさがいっぱい感じられました。

 

〈まとめ〉

  • 講演会の告知には、「東海新報」が絶大な力を有していることが分かる。次回も是非お願いしたい。他は金剛寺さんの関係者、ひとさじの会に繋がりのある方が足を運んでくれたことが判明する。チラシの効果がいまいちだというのはショック。
  • 気仙三十三観音霊場についても「祈りの道」連載が圧倒的な伝達力を持っていることが分かった。他は子供の頃に親から聞いたとか、家のそばに霊場があった、知人に誘われたというように地元に密着した霊場であることがここからも明らかだ。
  • そもそも講演会に足を運んでくれた方々は、気仙三十三観音霊場になんらかの関わりを持っていた方が多いと思われる。すべてお参りした方が75人中15人という数字をどう評価すべきなのか。
  • 感想を出してくれる方々は、評価をしている方々なのであろうが、データはおおむね好評だったことを示している。ご詠歌については、好評であった。子供の時に母がやっていて耳にしていたとか、自らお唱えしている方が一定数以上いる。
  • 観音様の話が聞きたいという意見が見られるが、興味関心はいろいろである。ツアー実施の要望が多い。
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2013年

4月

25日

4月23日 金剛寺の如意輪観音さま、要害観音堂の聖観音さまをお迎えに行って参りました。

 いよいよ、4月27日より「善光寺出開帳 両国回向院」が始まります。以前にもお伝えいたしましたが、気仙三十三観音から、ガレキの中から発見された金 剛寺如意輪観音さま、要害観音堂聖観音さまが出開帳においでになります。そこで、善光寺さまのご住職3名、仏師の村上さん、大塚さんと私の6名で気仙に仏 さまをお迎えに行って参りました。

 東北の4月下旬は色とりどりの花が咲き誇ります。梅、椿、桜、木蓮、水仙などなど。いや、目福です。

 まず、金剛寺さまが避難されている圓城寺さまへ。あらかじめ木箱が送られてあり、読経の後、台座、光背、そして観音様と、別々の箱に入れてトラックに預けました。仏師のお二人の手際よさ。およそ1時間で完了しました。如意輪観音さまは本来秘仏であり、奥様がお嫁に来たとき、一度だけ御厨子の扉を開け、ちらりと見たのみだとか。こうしてじっくり拝めるのはありがたいことですね。


 そして、要害観音堂の別当の熊谷さん宅へ。仏師の村上さんは聖観音さまを拝して、「地元の方々によく拝まれてきたという感じのよい仏さまです。両足もどっしりしていて安定感があります」と感想をおっしゃっていました。テキパキと木箱に収め出発。運ぶトラックは、エアサスペンションだそうで、揺れがゆるやかなのだそうです。万全の準備でおつれしなくてはなりません。

 お昼は村上製材所の社長さんからご接待。プリプリの牡蠣フライを頂きました。この辺りは牡蠣の産地ですが、ようやく養殖の牡蠣がとれるようになったのです。「先祖になる」の直志さん、剛さんともお話しができ、ちょっとワクワクいたしました。映画の通りの木訥なお人柄が伺えます。

  その後、普門寺さんへ。芸大の藪内さん門下が作った親子地蔵のお迎えです。檀家の方々が集まっており、法要の中でご詠歌講のおばあさんたちがご詠歌をお唱え下さいました。

 最後に、出開帳でお話しいただく、大船渡の平山さんにお会いし、ご講演について再度お願いいたしました。

 みなさん、気仙の仏さまが多くの方々にお参りいただき、その思いを持ってここ気仙に帰ってこられるのはありがたいこと、とお話しなさっていたことが印象的です。

 このサイトをお読みのみなさま、ぜひ、回向院さまにお越し下さい。ぜひ、気仙の観音様にお手合わせいただきたいと思います。そして、東北の物産品もたくさんご購入いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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2013年

3月

31日

3月12日 要害観音堂 聖観音菩薩像修復なりました

東日本震災後、がれきの中から発見された要害観音堂の聖観世音菩薩像が修復されました。住田町にお住まいの仏師・佐々木公一さんに、観音像のクリーニング、欠損した手の補修、厨子の屋根の復元等を依頼し、以前と変わらぬ美しいお姿を取り戻しました。

 

なお、要害観音堂の聖観世音菩薩像は、4月27日より5月18日まで東京・両国回向院でおこなわれる善光寺出開帳に出向くことになっています。

 

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2017年

8月

09日

2017年3月25日~30日 第4回「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました

 第4回「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました。昨年の第3回は、大学生という参加枠を取り払い、対象を一般の方へと広げ、一日毎の参加申込みとした結果、多くの参加がありました。

 

 今年は、さらにコースに大幅な手を入れ距離を短縮。①復興のための工事が各所で行われ、多くのダンプが国道を行き交うため、国道歩きを極力無くしました。②一日の始発と終着は駅を原則とし出入りを楽にしました。③距離を大幅に削減し全日20キロ以内になるようにしました。

結果、25日22名、26日13人、27日14人、28日20人、29日20人、30日27人という多くの参加者が集まったことは大きな喜びです。お参りしている同行としての柔らかな連帯感。日を重ねるに従ってみなさん和気藹々とした雰囲気になっていきました。気仙の地に観音霊場巡礼がより機能するべくこれからも働きかけていきたいと思っています。

 

 

 徒歩巡礼前日には、大船渡のFM「ネマライン」に出演し、徒歩巡礼のお誘いをしました。あっという間の15分でした。しゃべりたりない、という感じでした。

  

 また、環境省の肝いりで、青森県八戸から福島県南相馬までをつなぐ、「みちのく潮風トレイル」を歩いた経験を元にしてマンガ「みちのくに みちつくる」を著された、しまたけひとさんに全日の参加をいただきました。気仙三十三霊場が、そして徒歩巡礼がマンガとして発信されたとしたら、とてもすばらしいことだと思います。発刊が楽しみです。

2017年

7月

06日

2016年10月8日~9日 一日徒歩巡礼と講演会を実施しました

 今年の秋の行事は、高台造成地に新たに完成した陸前高田市コミュニティーホールを会場として、8日に一日徒歩巡礼を9日に講演会を実施いたしました。

 

 8日は10時開始、参加者は14名。まず「食作法のこころ」と題して30分程度福田がお話しをしました。身近な食の「もったいない」エピソードをいくつか取り上げた後、修行中に食事を取るとき皆でお唱えする食作法の言葉について解説しました。

 

 そして「延命十句観音経」の写経。シーンと静まりかえった中で心静かに写経を行います。それからみなさんと「般若心経」をお唱えし、それぞれの所願成就を祈念しました。

 

 午後から羽縄観音堂、正覚寺、荘厳寺、延命寺と4キロほどゆっくりお話しをしながら歩きます。みなさん娘同士が友達であったり、実家が近かったり、元の職場に関わりがあったりと、色々なご縁で繋がっていることが判明し、初めて会ったとは思えぬほど和気藹々とした雰囲気でした。津波の時の悲しいお話も伺いましたが、お参りするのはとても楽しいと喜んでいただけました。

 

 9日は「気仙三十三観音への招待」講演会。今年はえさし郷土文化館の野坂晃平先生に講師をお願いしました。50名程度の参加。お世話になっている方も多く参加下さいました。ご詠歌は真言宗智山派常光寺さまのご詠歌講にお唱え頂きました。とても緊張されていましたが、澄んだ声音でしみじみと聞かせました。ありがたいことです。

 

 講演は、平安時代に坂上田村麻呂が東北に征夷大将軍として訪れたとき、討ち取った蝦夷の武将を弔うため観音堂を建てたという伝説を持つ、気仙三観音を中心としたお話しでした。帰りは再建された立山観音堂を拝した後、気仙沼屋台村にて盛大に反省会を行いました。詳しい内容は「活動報告」をご覧ください。

 

 9日は「気仙三十三観音への招待」講演会。今年はえさし郷土文化館の野坂晃平先生に講師をお願いしました。50名程度の参加。お世話になっている方も多く参加下さいました。

 

 ご詠歌は真言宗智山派常光寺さまのご詠歌講にお唱え頂きました。とても緊張されていましたが、澄んだ声音でしみじみと聞かせました。ありがたいことです。

 講演は、平安時代に坂上田村麻呂が東北に征夷大将軍として訪れたとき、討ち取った蝦夷の武将を弔うため観音堂を建てたという伝説を持つ、気仙三観音を中心としたお話しでした。

 

  帰りは再建された立山観音堂を拝した後、気仙沼屋台村にて盛大に反省会を行いました。

 

 詳しい内容は、「祈りの道」再興プロジェクトHPをご覧ください。

2017年

7月

06日

田端観音堂落慶

 田端観音堂は、陸前赤崎駅向かいの高台に建っていました。津波の時はお堂の参道の途中まで水が上がったもののぎりぎりで助かったそうです。別当家は被災してしましました。

 

 この度、お堂の土地が道路開発にかかり、新たに赤崎駅のすぐ脇に再建されました。

 

 今回の徒歩巡礼では山越えで赤崎へ着いたため、向かいの尾根で観音堂があるべき場所が造成され土がむき出しになっているのが見えました。地元の方なら「ばばばばば」というところ。「あれ、お堂がない」と絶叫してしまいました。

 

 しかし、左手の駅前にはなんと新たなお堂が建立されまた驚きです。いまでも月に一度17日にお茶のみをしているそうです。

2017年

5月

29日

2016年8月28日 慶祝山観音堂落慶法要

 東日本大震災により、観音像、観音堂、別当家の住居が被災した立山観音堂が、この度、海を見渡せる陸前高田市米崎町西風道(ならいみち)に再建されました。たいへんおめでたいことです。

 

 2014年6月16日のこと、岩手県・陸前高田観光物産協会のフェイスブックに「あゆみ観音プロジェクト」の記事が掲載されました。

 

 奈良県当麻寺中の坊・松村院主の肝入りで、高田松原の被災松を材として「あゆみ観音」を製作、制作の過程で東大寺、興福寺、長谷寺など、およそ50カ所以上の寺院を巡り一人一彫り延べ5000人以上の方が結縁したということや、完成後は陸前高田市の金剛寺さまに納められることが記されていました。その「あゆみ観音」さまを立山観音堂のご本尊として迎えられることになりました。

 

 法要は、大和田家菩提寺普門寺さまが導師をお勤めになり、落慶まであゆみ観音をお預かりいただいた圓城寺さま、そして私福田が出仕いたしました。

 

 また普門寺ご詠歌講の講員の方々によりご詠歌を御奉詠いただきました。さまざまな縁に連なる方々が30人ほど集まり厳粛な中に法要が執り行われました。

 

  毎朝、別当家の大和田さんによって、お堂の鍵が開けていただけるとのこと、多くの方々にお参りいただければと思います。

2017年

5月

29日

泉増寺の観音像が10世紀前後の作であることが判明

 気仙三十三観音第一番霊場で、気仙町にある泉増寺の観音像が、奈良教育大学の文化遺産調査により、10世紀前後の作であることが判明しました。

 

 この1000年以上前に作られた鋳銅製の仏像は、気仙郡において、今まで判明している中では最古の仏像ということになります。

 

 気仙の歴史に新たな一ペイジを開く大発見だと思います。

 

 今後も新たな発見が続くよう期待したいと思います。

2017年

5月

29日

2015年9月 気仙三観音が岩手県文化財に指定されました

 

 気仙三十三観音霊場の矢作の観音寺、小友の常膳寺、猪川の長谷寺は、それぞれ坂上田村麻呂にかかわる伝説を有する霊場で、古くから「気仙三観音」として信仰を捧げられてきました。

 

 この度、観音寺所有の「十一面観音立像」「伝毘沙門天像」「伝虚空増菩薩像」と常膳寺の「十一面観音立像」の仏像4体が岩手県文化財に指定されました。これにより「気仙三観音」すべてが県指定文化財となります。

 

 観音寺の3体の仏像は平安時代の作、常膳寺の仏像は室町時代の作と言われています。幾多の試練を乗り越え今に伝えられた宝物が、こうして評価され広く知られるようになることは喜ばしいことです。

 

 観音寺、常膳寺の仏さまは秘仏ですが、ご開帳の時はぜひお参りいただきたいと思います。

2016年

9月

02日

2016年8月2日~5日 大中仮設でのにぎり仏ワークショップ

 

 大震災から5年が経ち、我々の活動も一定の枠組みが出来た今は、行事を終えるとすぐに帰京というかたちになった。

 今回は、立山観音堂落慶法要についての打ち合わせ、大中仮設でのにぎり仏ワークショップを柱として、お世話になった方々を訪問しもう一度ご縁を結び直す、そんな4日間にしようと考えた。みなさん、温かく我々をお迎えいただきいろいろお話しを伺うことが出来た。観音さまからいただいたご縁のありがたさをしみじみ味わった気仙行きであった。

 

 

 大船渡中学仮設集会所での「にぎり仏ワークショップ」は、ます君島さんから飛鳥時代から現代までの仏像の歴史を10分程度で写真を見ながら解説を受けた。

 

 それぞれの前にある紙皿にはラップでくるまれたパウンドケーキに見まがうような固まりがある。それと楊枝とへら。茶色の固まりは木の粉をベースとした粘土、思わず食べそうになった。鼻を近づけると木の良い香りがした。

 

 まず紙に願い事を記し、ようじを芯にしてくるくると丸める。「家内安全」「身体健全」など、私は「気仙三十三観音興隆」と記した。

 

 そして粘土を手でつぶし平らにし、お願い事を記した紙を芯にして仏さまへと造形していく。親指と人差し指でぐっと握ると顔の部分と胴の部分ができる。耳を付ける人手を付ける人、楊枝で模様を入れる人。顔を描いてできあがり。隣の人の工夫をあれこれ批評しながら少しずつ仏さまらしくなっていく。みなさん、それぞれの個性がある仏さまを1時間程度で完成させる。

 

 その後、全員でお経をお唱えし願い事の成就を祈る。仏像の製作とは祈ることで完成するというのは、さすが君島さん。終了後、お新香やおいなりなどを頂く。みなさんと歓談して解散。今度の10月には仮設にお祀りしている「邂逅観音」を川原住宅の集会所に移すためお参りに来ることになっている。それがこの仮設に来る最後となる。

2016年

6月

06日

気仙三十三観音手書きカレンダー到来しました

 5月18日、突然、澤田さんという方からお手紙を頂きました。中には、気仙三十三観音霊場のスケッチが載る手作りカレンダー6枚が同封されていました。やさしく、うつくしい絵でした。感激しました。

 

 お手紙にはこう記されています。

 

「余暇を利用し、霊場を巡りながら、絵に記憶を留め置くことを楽しみの一つといたしております。先般、祈りの道再興プロジェクトHPを目にし、気仙の霊場の存在を知ると共に、地道なプロジェクトの活動に大変感銘を受けました。

 私事、この五月の連休、まとまった時間を取ることができ、気仙札所の旅をして参りました。震災の爪痕はいまだ痛々しくも、徐々に町が復興されつつある姿に触れ、「生きる」力強さをひしひしと感じて参りました。

 同封のカレンダーは、今回描き止めた絵をもとに自作したものです。被災地の一日も早い復興と共に、気仙の札所文化が末永く伝承されていくことをお祈りいたしております」

 

 有り難い限りです。お参りの輪がますます広がるよう、これからも尽力していこうと、さらにぐっとやる気がでました。

 

 

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2016年

4月

21日

サンマチ2015報告

2015年12月19日~20日参加者:吉水岳彦、福田亮雄

 津波で直接的な被害を受けた子も、そうでない子も皆、今なお不自由な学校生活を送っている。地元大船渡の大人たちが子供たちに何かできないか、そんな思いから「子供たちに笑顔を届ける冬の風物詩」を合い言葉に「サンタが町にやってきた」という企画が始まった。サンタさんが町に繰り出し、公民館などで子供たちと遊び、お菓子をプレゼントする。地元大船渡だけでなく、東京からも多くの方が参加した。子供たちの笑顔、お父さんお母さんの笑顔、サンタさんも笑顔、今年3回を数え、しっかり定着してきたと感じる。

 

「祈りの道」再興プロジェクトがいつもご支援・ご協力いただいているミキ店長が、昨年よりサンマチ実行委員長に就任した。きっと一年を通して、様々な機会を捉えて若い方々と交流し、新たなスタッフを開拓してきたのだろう。そして、会議を幾度も重ね、実施計画の策定、人員の配置などなどきめ細かく行い、いよいよ本番の日を迎えた。その実行力に頭の下がる思いである。

 

 私たちも少し関わらせていただきたい、そして大いに楽しみたい。そんな思いで大船渡へ出発した。

12月19日

上野駅(8:02)……一ノ関駅(10:12)(10:23)……気仙沼駅(11:46)(11:54)……陸前高田駅 (12:30)…陸前高田観光ガイド講習会…陸前高田駅(17:04)…大船渡駅(17:50) 

 秋の行事の時、陸前高田観光物産協会の大坂さんから、今度来るとき、会の活動についてちょこっと話してくださいと依頼された。軽い気持ちでお受けしたが、後日送付されてきた要項には「陸前高田観光ガイド・震災の語り部研修会」と記されていた。地元のガイドさんたちに気仙の話をするなどはなはだ僭越である。でも、私どもの活動の内容を、地元で活躍されている方々に直接お伝えできる機会をいただいたことはとてもありがたいこと。今まで積み重ねてきたことをできるだけ正確に簡潔にお話ししようと、スライドを作り気仙へと出発した。

 

 8時に上野を出て12時半に陸前高田着。4時間半、これが最速である。下り立った一ノ関は晴れ間が出ているにもかかわらず小雪が舞っていた。ぐっと冷えている。ホームでは暖房の入った待合室に入るほどだ。しかし、気動車が気仙沼に近づくにつれ、晴れ間がだんだん広がり、ついには青空となる。少し暖かくなった。さすが、岩手の南国といわれるだけある。

 

 BRTに乗り換え高田へ。ホテル三陽を左手に見ると「ああ、帰ってきた」という感じがする。でも、高速道路の橋桁ができていたり、新たに冷蔵工場が建設されたり、なんといっても希望の架け橋からタコの足のように伸びていたベルトコンベアが撤去されていたりと、風景がまたまた変わっているのに驚かされる。陸前高田駅に到着。

 

 まずお昼を取ろうと、歩いて5分の栃が沢ベースにある「やぶや」に。震災前と変わらぬ味で人気だというこの店、すごい活気である。何度も前を通っているのだが、入るのは初めて。ぎっしりのお客で待っている人もいる。どうも天ざるが人気の様子、大勢の人がこれをチョイスしていた。私は時間が押しているので大もり。冷蔵庫で冷やしてある汁は、ちょっと甘めだが鰹節の香りがプーンと香っておいしい。また量がとても多い。満足して店をでる。

 

 隣の酒屋兼雑貨屋で、地酒酔仙の特別純米「多賀多」を購入。高田産のお米で仕込んだ美酒だ。少々予定より遅れて陸前高田市コミュニティーホールに到着。

 

 会場では、副会長で語り部の實吉さんが熱く語っていた。題は「震災で失われた高田・今泉にあった碑等について」。まず地名の語源についてのお話しだった。ケセンとはアイヌ語で端という意味だそうだ。この地をケセンと呼んだ人々の中心とはどこにあったのだろうか。

 

 

 続けて、①高田松原について、②五本松碑群について、③通岸道慶處士之墓、④津波石、⑤姉歯橋の由来、⑥千葉周作誕生の地碑についてお話しされた。すべては記せないので、高田松原について内容の要約を以下に記す。

 

 高田松原は、元々は立神浜とよばれる荒れ地であった。寛文6(1666)年のこと、仙台藩が行った水田開拓計画の一環としてその立神浜に暴風防砂林を作ることになる。請負者として地元の素封家である菅野杢之助に白羽の矢が立った。まず、人夫200人で6200本の松を植えたものの活着は3000本にも満たない。そこで5年をかけ徐々に松を植えていくよう方針を変更したところ、18、000本の活着を見たという。

 

 松の植林は菅野家の子孫に引き継がれ、左門杢之助、杢助、七郎左右衛門と尽力するが、私財を投じてまで植林を行ったため、豊かな菅野家も家が傾いてしまった。菅野家は仙台藩から松原を管理する役職に代々任ぜられ、家を存続させることができたそうだ。

 

 時代は移り、明治となった。金のなかった明治政府は、地元に松原を買い取るよう要請する。今の高田松原とは、今泉松原と高田松原を合わせての総称。今泉の松原については今泉村で購入することになったものの、高田の松原については、村での購入を見送ったため、松原を守ってきた菅野家の所有となる。しかし、菅野家が借財を払うことができなくなり、摺沢の横屋へと所有権が移った。

 

 ある時、横屋が婿を取って分家をさせることになり、高田松原の松を切って家を建てることにした。松が切られていくのを見た村人たちは、皆の共有財産であると思っていた高田松原が、実は個人の所有であることをその時初めて知ったという。

 

 折しも第二次世界大戦が終わった後、政府は財産税を新たに設けたが、高田松原もその対象となる。横屋はそれを払うことができず、20万で高田村に売却することが決まった。そのとき、村長に関わりのある高校生がリックに15万円を詰めて払いにいったというのは今では考えられないお話しである。かくして高田松原は、高田の共有財産となった。

 

 その他、高田市街付近に周囲約18mの花崗岩がありその周りを五本の松の大木があった「五本松」に立っていた、村上道慶顕彰碑、金野種山先生顕彰碑、金比羅大権現、湯殿山碑、坂井布機の碑の由来や、自らの命を掛けて今泉村と高田村との漁業権を巡る争いを収めた村上道慶の話、先祖が子孫に津波による惨禍を繰り返さないために残された「津波石」が、高田に10箇所、大船渡に25箇所、岩手県沿岸部に200箇所もあるにもかかわらず知る人がほとんどいないという話、姉歯橋の名は、『伊勢物語』に記される栗原の姉歯に住んでいたという朝日姫、夕日姫に由来するという話、千葉周作の生誕地論争に終止符が打たれ、高田であることが証された話など興味深く伺った。

 

 よどみなく、明解な実吉さんのお話は何度聞いても聞きほれる。ガイドの皆さんも真剣にメモを取りながら話を聞いていた。

 

 そして、私が「気仙三十三観音霊場への招待」という題でお話申し上げた。気仙に足を運ぶようになった経緯や仮設住宅の集会所での活動について、気仙三十三観音との出会い、そして展開してきた活動について、合わせて活動の中で見知った気仙三十三観音霊場にまつわるニュースとして、①小松峠の観音様について、②稲子沢家観音堂再建について、③立山観音堂再建について、④坂口観音堂再建について、スライドを写しながらお話しした。

 

 驚いたのが、なんといっても視聴率の高さ。普段の大学の授業よりこちらを向いて話を聞いてくれた方がグッと多かったのでノリノリで90分お話しすることができた。楽しかった。

 

 終了後、ご挨拶した会長の金野さんは酔仙酒造の方。「雪っこ」飲んで復興支援という私たちの合い言葉をお伝えする。また、観音霊場のガイドをすることになったとき、我々のHPを読んでくれたという方にもお会いし、久々にガイドの新沼さんともお話することもでき、繋がりが広がりまたご縁が結び直された。

 

 5時ころのBRTに乗り大船渡へ。6時大船渡着。あたりはすっかり暗い。日が落ちるとグッと寒くなる。急ぎ竹野さん宅に向かい鍵をお借りし、荷物を置いてから屋台村へ。この日はなべ焼きの森さん経営する「天使の森」へ。お通しは巻き貝刺身、あぶりチャーシューと牡蛎のピリ辛炒め、締めは富士宮焼きそばで腹一杯。酔仙を冷やでぐいぐい行く。

 

 ぐいぐいと盛り上がったおじさんは、マグロの仲卸を営んでいる方。被災し家族を東京に避難させ単身で仕事をしているそうだ。震災の前は、利益を上げることが一番だったけど、色々な人に助けられたから今度はその恩を周りの人にお返ししたい、それが一番とおっしゃった。マグロが安く手に入ったときは少しずつ仮設の人に配ったり、夏にアンコウが500円で手に入ったときなど鍋を作って振る舞ったりというお話しを伺った。まっすぐな心がまっすぐな言葉で伝わってきた。悲しいお話しも伺ったがなんともほのぼのとしたひと時だった。最後に固い握手をしてお別れする。

 

 

12月20日        

竹野さん宅…大船渡駅(8:33)…盛駅(8:35)(9:20)…サンマチスタート…

 6時半起床。やはり寒い。いつものローソンにて朝食。大船渡牛乳を飲む。8時に竹野さん宅に伺い鍵をお返しする。大船渡駅からBRTで一駅乗り盛へ。

 

 会場のカメリアホールで、吉水さんと合流、ミキ店長ともお会いする。天気が良いのはなによりだ。駅前ロータリーには、屋台が出ており、サンタさんがうろうろ歩き回っている。受付を済ませ中に入る。

 

 新川さん宅に荷物を預けに行き、盛駅に出店している高校生喫茶でココアをいただく。濃厚でうまい、本格的な味わいだ。私たちは吉浜コース。同道するメンバーと簡単な自己紹介の後、サンマチ特別列車に乗り吉浜へ。以前もお会いした方と再会を喜ぶ。

 

 車内は、クリスマスらしい装飾がほどこされ楽しい。途中の駅で別のコースの人が下りていく。

30分ほど乗り吉浜へ。一緒に過ごすのは早稲田大学の学生サンタ。国内外でボランティアを行っているサークルだそうだ。

 

 駅より津波の記念碑、石川啄木の歌碑を見学した後、津波石へ。津波石とは、後生に津波の災禍を忘れぬよう刻まれた石。昭和8年の津波の際、打ち上げられた幅3m立2mの大きな石に「津波記念石 前方約二百米突 吉浜川河口ニアリタル石ナルガ昭和八年三月三日ノ津波ニ際シ打上ゲラレタルモノナリ 重量八千貫」と彫られている。道路造成の際埋めてしまったが、この度の津波で表土が削られ「出現した」ものである。近くまで行ったのだが、津波で壊された橋がまだ架け直されておらず時間切れで見ることは叶わなかった。

 

 空は青く海は静かで、のんびりと吉浜歩くことが出来た。お寺に津波記念碑があり、集落名と亡くなった方の名前が刻まれていた。同道したみなさんにも見て欲しかった。途中のスーパーで昼食を買い、公民館へ。スーパーのおばさんの孫がサンマチに参加するということもありすごくまけてもらう。

 

 昼食を取っていると子供たちが集まってきた。総勢15名程度か。お母さんやおばあちゃん、お父さんといっしょに来る子供もいる。小学校高学年の子もおり、体格の差が大きい。

 

 吉水さんがバルーンを教える。時間は1時間半、結構な時間だ。バルーンで作ったお花を手に結んであげたり、長い風船をふくらませ剣を作ったり…。バルーンで作った輪を、それぞれが持つ剣で手を使わずにリレーをするというゲームや、グループの中の一人がする仕草を皆が真似をするのを鬼が見て誰が仕草を発信しているかを当てる「震源地」というゲームをする。

 

 座が和らいでくると大学生と剣をもってのじゃれ合いとなり、会場所狭しと走り回っている。子供たちも楽しそうだ。最後は、おかしを一人一人に手渡す。子供達は「サンタさんありがとうございました。また来年も来て下さい」と可愛い声で声を掛けてくれた。

 

 

 帰りもサンマチ列車で盛へ。大船渡各所の公民館に何百人という子供たちやご両親、ご家族らが集い、楽しい時間を共有できるということは素晴らしいことだ。ぜひ、サンマチが継続していって欲しい。カメリアホールではコンサートなど各種イベントが成されている。

 

 新川さん宅へ荷物を取りに伺う。知人に挨拶しているともう4時過ぎ。この日のけせんライナーがとれないため、遠野経由で帰らねばならない。すぐにサンリア前のバス停へと移動しバスに乗車する。

 

 すぐに辺りは暗くなる。徒歩巡礼で歩いた道を北へと向かう。風景は分からないが、聞き知った地名がありちょっとうれしくなる。5時半に遠野着。日曜ということもあり町は真っ暗。食堂、ラーメン屋、喫茶店がぽつんとやっているのみ。居酒屋は三軒開いていたが、駅前の「待月」が最も良さそうなので入ってみる。遠野の上閉伊酒造が醸す、万山にごり酒、遠野夢街道、国華の薫と立て続けに責める。お刺身やブタの岩塩焼きなど久々の遠野の夜を楽しみ、10時の夜行バスに乗った。やはり翌朝、首が凝り腰も痛くなった。

 

 講演会そしてサンマチと楽しめた年末であった。次は3月の徒歩巡礼。立山観音堂がもう形を成している時期なのでその姿を見るのがまた楽しみである。

 

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2016年

4月

14日

気仙三十三観音徒歩巡礼に参加された方からのお便り

 三月下旬、満開の梅の馥郁たる香りの中、6日間、130キロに及ぶ「気仙三十三観音徒歩巡礼」を行いました。共にお参りしているという柔らかな紐帯を感じつつ、楽しく歩くことが出来ました。

 

 参加されたある方からお便りを頂きました。結願の浄土寺についたとき、「今日が私のこの世の浄土の道たどりついた日」と思えたそうです。この方は歩く道すがら多くの知り合いに偶然出会いました。行き交う車に乗っていた方、日向ぼっこをしていた方…。

 

  常膳寺の近くで御接待を頂いた家の方とお話しをすると、20年前に亡くなった母親のことを覚えていてくれました。すごく嬉しかったでしょう。すると、ふとこんな記憶を思い出させてくれました。

 

 気仙地方には「オガミ様の口寄せ」があります。以前、他界した母が、オガミ様の口をかりて「三途の川は渡りたくなかったがおじい様にむかえられ無事渡った。行く道すがらいっぱいの人に出会い袂を濡らした。浄土の道を歩き終え、良いところに座っている」と話しをしました。「また知っている人に出会った自分の話をして欲しい。忘れられることは寂しいから」とも…。

 

  亡くなったお母さんが辿った道と、この日に自分が歩いた巡礼とが、浄土寺でお参りしたときに重なり合い、20年前に亡くなったお母さんの存在をまざまざとリアルに感じたのでしょう。亡くなった方に出会う旅、自らの心に出会う旅…。

 

 別の方はこう仰います。「五年経てば五年目の悲しみがある」と。また、「色々な想いを抱えて生きている私たちは」「自分なりの鎮魂をしていきたいと考えていた」と仰る。それぞれの思いを注ぎ入れる器としての「巡礼」。そして、その思いは「浄化」される。巡礼は、厳しくもやさしいものなのです。

2015年

10月

25日

第4回 気仙三十三観音への招待 講演会」及び「第3回一日徒歩巡礼 盛の四霊場を歩く」報告

期 間:10月10日(土)~12日(月) 

参加者:藤沢裕雅、福田亮雄、福田陽子(全日)、吉水岳彦(11日朝~)、村上清(12日夜~) 

 

 今年の10月、気仙はイベントが目白押しである。ツール・ド・三陸、高田町合同式年例大祭、黒崎神社式年例大祭、太鼓フェスティバル、産業祭り、大漁祭り、サンマ祭り、大船渡復興東北三大祭り、三陸国際芸術祭などなど、その他、町会の運動会や町内会の旅行…。確かに屋外で何かをする最適の季節であるし、11月となるとぐっと寒くなってくるので、このタイミングなのだろう。

 

 しかし、「いくらなんでも、お祭りが多すぎる」と多くの方がおっしゃっていた。かくいう我々の行事もそのうちの一つなのだが…。これは、イベントを行うための施設が整い、かつ、気仙の方々の心に力が湧き起こってきたことを表しているのでもあろう。

 

 

 秋の行事は、大船渡カメリアホールにて講演会を大船渡の盛周辺の4つの霊場を巡る一日徒歩巡礼を行った。それぞれ50名、15名の参加があった。

 

 講演会では、まず、気仙三十三観音霊場に関わるニュース、①気仙三観音に数えられる、観音寺、常膳寺の観音像が県指定文化財に指定されたこと、②稲子沢観音の観音堂が新たに落成されたこと、③立山観音堂が来年再建されることをお伝えした後、密厳流遍照講長圓寺支部のみなさん23人のご詠歌奉詠、最後に仏師村上清さんによる「祈りをかたちに―仏さまを造る―」という題の講演を頂いた。

 

 一日徒歩巡礼は、猪川地区公民館にて法話と写経の後、舘下観音堂、稲子沢観音堂、長谷寺、洞雲寺と約6キロを4時間かけて歩いた。参加人数が少なかったことにより、多くの方と親しくお話しが出来たと思う。

 

 詳しくは活動報告(17)をご覧下さい。

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2015年

10月

22日

気仙三観音 県文化財に(東海新報)

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東海新報に気仙三観音(矢作観音3件、小友観音)が県文化財に指定されたという記事が掲載されました。

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2014年

11月

21日

2014年10月 光照寺さまにて講演会/一日徒歩巡礼「長部三観音を歩く」

期 間:10月11日~13日

参加者:吉水岳彦 藤澤裕雅 福田亮雄

 秋の行事は、講演会と一日徒歩巡礼。今年は光照寺境内に再建成った坂口観音堂にお参りいただこうと、光照寺さまを講演会の会場とした。


 光照寺ご住職高澤公省老師の御法話、光照寺梅花講のご詠歌奉詠というプログラムで「気仙三十三観音への招待  仏と出遇い 自らと出会う」講演会を行った。参加者は残念ながら30名程度であったが、御法話では坂口観音堂の歴史的な経緯と観音様のご功徳についてお話しいただいた。ご詠歌は、観音様にちなんだ曲を3曲。南こうせつ作曲のフォークのようなご詠歌とバラエティーに富んだ曲を奉詠していただいた。


 そして一日徒歩巡礼は、長部三観音を歩いた。一日徒歩巡礼は昨年初めて実施したが、チラシの「徒歩」を見落としていたという方が多数いらっしゃり、「歩くなんて知らなかった」「あんな遠いところまで歩いたことがない」などの話が聞かれ、満蔵寺さまをお参りしてすぐに2人がお帰りになったし、行程半分程度の長桂寺でギブアップ、以降バス巡礼となってしまった。




 それを踏まえ、今年は、長部コミュニティーセンターにて、要害観音堂の聖観音像にお出まし頂き、法話と延命十句観音経の写経、そして昼食、午後は語り部の実吉さんの解説を各所で聞きながら、古谷観音堂、上長部観音堂とお参りをし、およそ3時間程度の徒歩巡礼となった。


 「30年ぶりにお参りした」「お堂の中に入ったのは初めて」「何度も来たが観音様を初めて拝んだ」など地元の方でもいろいろな発見があったようだ。楽しくおしゃべりをしながら歩くことが出来た。

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2014年

8月

06日

7月11日 陸前高田市未来商店街にて行われた「あゆみ観音」奉納法要に参列してきました。

立山観音堂のご本尊「あゆみ観音」さま
立山観音堂のご本尊「あゆみ観音」さま

6月16日のこと、岩手県・陸前高田観光物産協会のフェイスブックに「あゆみ観音プロジェクト」の記事が掲載されました。奈良県当麻寺中の坊・松村院主の肝いりで、陸前高田市高田松原の被災松で「あゆみ観音」を製作、制作の過程でおよそ50カ所以上の寺院を巡り一人一彫りのノミ入れを行い、延べ5000人以上の方が結縁するということ、完成後は陸前高田市の金剛寺さまに納められることが記されていました。

 

金剛寺さまのご本尊如意輪観音像はがれきの中から見つかりましたが、立山観音堂の観音様はいまだ見つかっていません。「あゆみ観音」を立山観音堂のご本尊にお迎えできないかと思い立ち、翌日松村院主にメールをしたところ、金剛寺さんら関係各位の了解が得られれば異存はないとのこと。立山観音堂別当の大和田さんにおつなぎしたところ、ぜひにということとなり、そして金剛寺さんらの了解も得られ、数週間でトントンと話が進み、「あゆみ観音」さまを立山観音堂のご本尊として迎えられることになりました。観音堂完成までの間は、金剛寺さんが避難している圓城寺に仮安置されることとなっています。

 

7月11日に陸前高田市未来商店街にて行われた奉納法要には、「祈りの道プロジェクト」から福田と吉水さんが参列しました。これからも当麻寺さんはお堂再建に向けての募金を続けてくれるそうです。ありがたいですね。早く立山観音堂が再興なれば、と願っております。

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2014年

2月

01日

「祈りの道」を歩こう(東海新報2014年1月11日)

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東海新報(2014年1月11日)に気仙の高校生、大学生を対象に行う「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼~祈りの道を歩く」(ひとさじの会主催)に関連する記事が掲載されました。

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2014年

2月

01日

「それぞれの生きるかたち」東海新報2013年12月28日

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東海新報(2013年12月28日)に気仙三十三観音霊場「一日徒歩巡礼」に関連する記事が掲載されました。

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2014年

2月

01日

第二回「気仙三十三観音霊場への招待」アンケート集計結果

第二回「気仙三十三観音霊場への招待」アンケート集計結果(集計数43枚)

 

1.本講演会のことをどのように知りましたか。

 

東海新報から〔5人〕、お寺から聞いた〔22人〕、チラシを見て〔4人〕、知り合いから聞いた〔8人〕、仮設の集会所で知った〔1人〕

 

2.気仙三十三観音霊場のことをいつ、どのように知りましたか。

 

東海新報の連載で知った〔5人〕、お寺から聞いた〔7人〕、家族から聞いた〔7人〕、友人から聞いた〔2人〕、本を読んで、霊場が近くにある、気仙三観音出開帳で、ひとさじの会に聞いた〔各1人〕

 

3.気仙三十三観音をめぐったことがありますか。ある場合はどのくらいの霊場数をめぐりましたか。

 

すべて〔5人〕、15箇所以上〔2人〕、10箇所以上〔1人〕、数箇所〔4人〕、なし〔17人〕

 

4.本日の講演会はいかがでしたか。

  • 知らないことばかりで楽しく聞かせていただいた。気仙人であることを誇りに思う。
  • たいへん勉強になった。〔4人〕
  • 今まで大庄屋のことをあまり知らなかったので良かった。〔3人〕
  • 歴史を詳しく聞くことが出来楽しかった。 
  • とても良かった。〔11人〕
  • 地元のことに感心した。
  • 高田をこんなに愛していただき感謝したい。
  • 昔の言い伝えが頭に蘇った。
  • とても楽しいお話でためになった。〔6人〕
  • 何度でも聞きたいと思った。
  • 心が和んでとても良かった。
  • 高田の素晴らしさを発見した。感謝したい。
  • 久々に時間の経つのも忘れ話に聞き入った。これから先のことばかりを考えていたが歴史の大切さ、残すことの大切さを感じた。
  • 瀬戸内先生の話が楽しく聞くことが出来た。
  • 私は娘が行方不明になっています。子を思う母の話があり涙が出ました。

 

5.次回の講演会でどのような内容を聞きたいですか。

  • みなさんに会える会であればなんでもよろしいです。
  • 気仙三観音と鬼伝説の詳しい話。 
  • また同じような話を聞きたいです。〔5人〕
  • 歴史の話はいつでも何でも好きです。
  • 今回の続きが聞きたい。
  • 甘竹勝郎んのお話も楽しいです。
  • 三十三観音にポイントを絞った話が聞きたい。
  • 街並みの素晴らしさ。
  • 文化までも失いたくありません。
  • 神仏について説明する講演が必要と思う。

 

6.その他のご意見・ご要望や気仙三十三観音霊場に関する情報などありましたらお書き下さい。

  • 平成26年に福島・宮城で気仙三観音の特別展を計画。東北歴史博物館が主に動くようです。
  • まだまだ観音様の事を知りたいです。
  • 川原会館の後ろに観音様がありました、地元の婦人部の方達が前から日を決めて行事をしていたのを聞いたことがありますが、お堂が津波で動いたと聞きました。 
  • 三十三観音を歩きましたがなんだか分からないで歩きました。今回はお参りをしてお経を唱えて歩きました。とても良かったです。何度でもお参りしたいです。
  • 三十三観音のなかで御朱印を頂きたくても出来ないところもあり、留守でも頂けるようにしてほしい。
  • 霊場巡りはまたとない機会と思いつつも午前中は浄土寺さまの行事に参加し霊場巡りは参加できかねました。
  • 専用の納経帳があれば…
  • いつか三十三観音を巡りたいです。
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2014年

2月

01日

12月21日から24日まで岩手県大船渡市で実施された「サンタが町にやってくる」に参加しました。

 「サンタが町にやってくる!~岩手★おおふなと★~」サンマチは、「震災から2年半が経ち、復興に向かって走っていかなければならない大船渡をもっと盛り上げよう。大船渡にない冬の風物詩を地元大船渡のチカラで作り出そう」(サンマチHPより)という思いから企画されたものです。

 

 大船渡カメリアホールをメイン会場に、大ホールでは子供たちのダンスやコンサートなど、2階和室では子供たちを対象としたワークショップ、そしてメインは、サンタウォーク。参加者がサンタの格好をし大船渡内の8コースに別れ、歩きながら出会った子供達にお菓子を配るというものです。

 

 80人以上のサンタが大船渡の各所を歩き回りました。我々は「お坊サンタ」として参加。写真を撮られたり結構人気者でした。ラーメンやから子供達が出てきたり、スーパーの出入口でお菓子を配ったり、車が止まって窓から手渡したり、楽しく一日を過ごしました。

 

 

  翌日は、「高校生『祈りの道』を歩く」の打ち合わせに東海新報社を訪れました。宗教にかかわる団体が学校で募集を書けるのは難しいとのこと。東海新報社さまがバックアップして下さり、誌上にて募集をかけることになりました。これまたありがたいことです。 詳しくは、活動報告(12)をご覧下さい。

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2014年

2月

01日

11月6日、ケセンきらめき大学は、第2回「気仙三十三観音 祈りの道」探訪バスツアーを開催しました。

 ケセンきらめき大学は、東日本大震災で犠牲になられた方々の鎮魂とふる里の復興を願い、心の安寧を求めようと、8月に引き続き、陸前高田市内にある7つの札所をバスで巡礼するツアーを行いました。

 

 34人が参加したそうです。霊場の中には、一昨年の大津波によって観音堂や本堂、庫裡、別当宅が全壊したところもあり、参加者たちは、惨状を目の当たりにしながら鎮魂の祈りをささげられました。

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2014年

2月

01日

10月28日 第2回「気仙三十三観音への招待」を高田の浄土寺さまで行いました。

 10月28日 第2回「気仙三十三観音への招待」を高田の浄土寺さまで行いました。

参加は100名以上、前日の徒歩巡礼に参加して下さった方が7名もおり、ほんとうにありがたく思いました。

 

 まず、ひとさじの会の紹介、気仙三十三観音再興プロジェクトについての説明、そして、五月に行われた「善光寺出開帳 両国回向院」の報告を行いました。出開帳では、4万を超える方々が気仙の観音様にお手合わせなさり、ぬかづき涙を流していた方も多くいらっしゃったことをお伝えいたしました。

 

 次に、浄土寺のご詠唱講の方々による浄土寺のご詠歌奉詠がありました。

 

 最後に、岩手県立博物館主任専門学芸員の佐々木勝宏先生から、「気仙のたから~大肝入の遺したもの~」と題する講演を頂きました。ご講演では、今泉の大肝入、または大庄屋と呼ばれた吉田家住宅や吉田家文書についてのお話が中心であった。お集まりの皆さんに、「気仙人」としてのすばらしさに気づいて欲しい、「気仙人」であることに誇りを持って欲しいという熱いお話でした。笑いあり涙ありの楽しく充実したしきを過ごされてのではないでしょうか。

 

 講演終了後、浄土寺さまの聖観音さまと、震災から一月後がれきの中から発見された要谷観音堂の聖観音さまを本堂正面にご安置し皆さんに拝んでいただきました。詳しくは活動報告(11)をご覧下さい

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2014年

2月

01日

10月27日 第一回「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼」を住田町で行いました。

 住田町の5つの霊場を巡る第一回「気仙三十三観音霊場徒歩巡礼」を実施いたしました。

ちょうど台風が直撃し実施が危ぶまれましたが、当日は天気も良く、尾根辺りの紅葉を遠目に見ながら、のんびりといろいろお話をしながら歩くことが出来ました。参加は一般の方15名、僧侶・スタッフ13名、計28名です。

 

  参加者の中には「徒歩巡礼」という語を見落とし、「えっ、上有住まであるくの…遠いよ」と絶句する方も。そうかと思うと「四国遍路を歩いて巡ったので楽しみにしてきた」とか「毎日歩け歩けで1時間以上歩いているのでこれくらいは散歩ていど」と余裕の人もいます。大峰山で峯中修行をし法螺貝持参で良い音を聞かせてくれた方もいました。途中、陸前高田市観光物産協会の実吉さんの講話もありました。どの霊場も歓待していただき嬉しく思いました。

 

 長桂寺で、もう足が痛いという人も何人も見いたため、以後バスにての参拝となりました。参加者の中からは、今日は皆でお勤め出来たことがとてもよかったとの感想を頂きました。

 

 参加者の募集からバスの手配、保険の加入など大変お世話になった陸前高田市観光物産協会の実吉さん、大坂さんにお礼申し上げます。詳しくは活動報告(11)をご覧下さい。

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2013年

9月

23日

【徒歩巡礼】第1回 気仙三十三観音霊場徒歩巡礼のご案内

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2013年

9月

23日

【公開講座】第2回「気仙三十三観音霊場への招待」のご案内

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2013年

9月

04日

ケセンきらめき大学が、気仙三十三観音に関する講演会、一日バスツアーを実施いたします。

ケセンきらめき大学とは、「観光立地を目指した地元学研究や地域資源を活用した食・特産品開発、友好都市交流等を授業の柱に掲げ実践することで「気仙おこし」を目的とする」団体です。

 

8月24日(土)には、東海新報社佐々木克孝さんを講師として、大船渡カメリアホールを会場に講演会を実施いたしました。60名弱の参加者があったそうです。また、9月7日(土)には、大船渡市の5霊場を巡る日帰りバスツアーを実施予定です。

 

定員30名がまもなくいっぱいになるようです。地元の方々が観音霊場を見直し、お参りいただく機運が高まってきたのは、嬉しいかぎりです。要望が強ければ、数年かけてすべてをお参りできるようツアーを継続的に行うと聞きました。

 

ひとさじの会もケセンきらめき大学とどこかで協働できるよう話し合う機会を持ちたいと思っております。

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2013年

8月

05日

第三十二番札所坂口観音堂再建に協力するため寄付をいたしました

 陸前高田市高田町寒風にあった第三十二番札所坂口観音堂は、津波の被害に合いました。泥水につかった観音像は修復されましたが、傾いたお堂は取り壊されました。この度、坂口観音堂を光照寺境内に再建する計画が始動し、秋には再建されているとのことです。まだ、製材された材木が積まれているばかりでしたが、楽しみです。ひとさじの会では、観音堂再建資金の一部として、光照寺さまに10万円をご寄付いたしました。

 

 写真はただいま光照寺境内に建設中の陸前高田駅を模した慰霊堂です。津波でなくなった方々のお位牌が祀られるそうです。

 

 秋に実施予定の「気仙三十三観音霊場一日徒歩巡礼」及び第二回「気仙三十三観音招待」講演会実施に向けての打ち合わせに行って参りました。

 

 今秋の10月27日(日)に住田町の満藏寺、長桂寺、城玖寺、坂本堂までの約16キロを歩くという「気仙三十三観音霊場一日徒歩巡礼」を計画しています。また、翌10月28日(月)には三十三番札所浄土寺さまのご本堂で、第二回「気仙三十三観音招待」講演会を予定しています。

 

 今回の気仙行きは、それら実施に向けてのお願いや打ち合わせのために参りました。初日は、地元に伝わる伝承念仏を教えていただき、2日目は、徒歩巡礼道整備と観光物産協会さまとの打ち合わせ。3日目は、浄土寺さま、光照寺さま、荘厳寺さま、西光寺さまへのご挨拶とお願いでした。

 

 詳しくは「活動報告(10)」をお読み下さい。


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2013年

8月

05日

『改訂版 気仙三十三観音霊場巡礼「祈りの道 被災地巡礼」』佐々木克孝著(東海新報社)刊行されました

 『祈りの道』は、しばらく品切れになっていたが、この度、気仙地方で被災した神社・仏閣の巡礼を新たに加え、『改訂版 気仙三十三観音霊場巡礼「祈りの道 被災地巡礼」』が刊行された。ぜひ多くの方に、ご購入いただき、気仙三十三観音霊場について深く知っていただきたい。購入はこちら。

 

 以下は「はじめに」からの引用である。

 

 気仙三十三観音霊場札所めぐり「祈りの道」を発刊してから半年後、平成二十三年三月十一日に東日本大震災が発生した。震災による大津波で犠牲になった多くの方々にとって、あまりにも突然の出来事だったことだろう。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 千年に一度の規模といわれる水魔は、いにしえより地域を護り、心のよりどころとなっている聖域さえも容赦なく奪い去った。海岸近くにあった歴史のある神社仏閣も壊滅的被害を受けた。「被災地巡礼」を思い立ったのは、震災から一カ月後。とにかく海岸部にあった観音札所がどうなっているのか、ご本尊は無事だろうか、この目で確かめたかった。目を覆うばかりの惨状に言葉を失う。確認できただけでも、被災した札所は十カ所にも及んでいた。

この夏、札所をもう一度歩いてみようと思っていた矢先、気仙三十三観音霊場の道を再興しようという支援団体によるプロジェクトが動き出していることを知った。「ひとさじの会」。東京の浅草をエリアに路上生活者に月二回、おむすびを配る活動を続けている若いお坊さんたちだった。

 今回の紙上企画「被災地巡礼」で取り上げた内容を、初版「祈りの道」と合わせて再発行しようと思ったのは、津波で本が流されてしまったという方々からの声もあったが、被災地住民の〝心の寄る辺〟復活を願って、ホームページでの霊場紹介や、巡礼ガイドマップ、札所の御朱印作成などでご支援いただいた、「ひとさじの会」の方々の熱意に背中を押されたからだ。

 本書には、津波に流され、二度と見ることができなくなった寺院や風景などの写真もいくつか収録している。この本の力はささやかなものかもしれないが、被害を受けられた方々や、いつか気仙巡礼の道を歩いてみたいと思っている方々のもとに届くことを願っている。

 

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2013年

6月

18日

両国回向院の出開帳

 2013年4月27日より5月19日まで、両国・回向院さまにおいて「東日本大震災復幸支縁 善光寺出開帳 両国回向院」が実施され、3万人を超える多くの方にお参りいただいた。

 

  新築された回向院念仏堂の二階の広間に気仙にまつわる仏さま―被災地に安置する一光三尊像7体、高田松原の被災松で建立された善光寺と陸前高田市普門寺の親子地蔵、要害観音堂聖観音、金剛寺如意輪観音―が安置されていた。畳みの大広間であるため靴を脱いで、間近に仏さまを拝することが出来る。

 

 幾たびか、部屋の脇でお念仏を申したが、皆さん、説明文を良く読み、仏さまを熟視された後、固く目を閉じ手を合わされた方をよく見かけた。またある方は、畳にぬかずき礼拝されていた。涙を流しながら拝まれている方もいらっしゃった。いちように「よく泥の中から現れて下さった」とおっしゃっていた。まさに「ありがたい」という思いであろう。

 

  何万という方の思いが観音様に捧げられ、そのあまたの思いを抱え持って、観音様が気仙にお帰りになる。そう考えると、心がうちふるえる。


  また、本堂で行われた法話・講演に私どもを含めた気仙にゆかりのある方々がお話しする機会を与えられた。

 

 金剛寺ご住職小林信雄僧正は、金剛寺の歴史を話された後、被災後なにを考えどう行動したかということについて話された。

 

 ひとさじの会吉水上人は、気仙の伝承念仏を教えていただいた時の話から気仙に伝わるご詠歌について話された。

 

 私は、気仙三十三観音霊場の歴史や魅力を話した後、被災地のいまとこれからについて映像を交えてお話しをした。大船渡永沢仮設でボランティアの受け入れにあたって活躍された平山睦子さんは、自作の詩を朗読しながら震災後の思いをからりと話された。

 

 陸前高田観光物産協会の震災の語り部実吉義正さんは、様々なデータを示した後、衝撃的な映像の解説をしつつ、震災にまつわるエピソードを熱く熱く語られた。


  いずれも100名を超える方々が聴聞され盛況であった。気仙の地にすこしでも興味・関心を持っていただければ幸いである。


 詳しくは活動報告(9)をご覧下さい。

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2013年

6月

18日

講演会「気仙三十三観音霊場への招待」のアンケート結果

第一回「気仙三十三観音霊場への招待」アンケート集計結果(集計数75枚)

 

1.本公演会のことをどのように知りましたか。

東海新報から〔28人〕、お寺から聞いた〔16人〕、チラシを見て〔11人〕、知り合いから聞いた〔9人〕、仮設の集会所で知った〔8人〕ひとさじの会から聞いた〔4人〕

 

2.気仙三十三観音霊場のことをいつ、どのように知りましたか。

東海新報の連載で知った〔19人〕、お寺から聞いた〔12人〕、家族から聞いた〔10人〕、仮設の集会所で〔3人〕本を読んで〔2人〕(『祈りの道』『岩手のお寺さん(沿岸部)』)、図書館で、霊場マップ、ひとさじの会に聞いた〔1人〕

    

3.気仙三十三観音をめぐったことがありますか。ある場合はどのくらいの霊場数をめぐりましたか。

すべて〔15人〕、20箇所以上〔3人〕、15箇所以上〔4人〕、10箇所以上〔5人〕

5箇所以上〔2人〕、5箇所以下〔7人〕なし〔18人〕

  • 20度お参りした〔1人〕、3度〔2人〕、
  •  毎年2日ずつ歩いい参った。
  • 寺の行事として2年前に参った。
  • めぐるまでは…でも好きなお寺さんにはお参りしています。
  • 子供の頃から地元だったので遠足等でも行っていました。

 

4.本日の講演会はいかがでしたか。

  • とてもよかった。〔15人〕
  • ご詠歌が良かったです。また参加したいです〔10人〕
  • 楽しかった〔4人〕
  • とてもわかりやすかったです。〔2人〕
  • 佐々木さんの話をもっと聞きたかった。〔4人〕
  • 勉強になった〔2人〕
  • 心が癒された  ほっとした〔2人〕
  • 生きる力を得た
  • 出会いに感謝
  • お坊さんの話が良かった・具体的で言葉も地元にあった表現で聞きやすかった。
  • おもしろかったです。心救われるひとときでした。
  • 地元にいながらあまり知らないことを詳しく教えてくれありがたかった。
  • 「観音霊場との出会い」非常に示唆に富んだ内容でした。
  • 観音様に出逢える心について感動した。
  • 観音様の神髄に関わる話が聞きたい。
  • ご詠歌は大勢であるにもかかわらず呼吸を一つに合わせ素晴らしかった。
  • 心にしみ入るお話でした。これからも仏さまに手を合わせます。
  • 講演は『祈りの道』を読んで感じたこととは別に感得することがあった。
  • 寺巡りは歩くのではなく歩かされている。よく考えたい文言だ。
  • ひとさじの会の説明も良かった。仏様も神様も勉強不足なので少しずつ学びたいです。
  • 年を取って気仙のお寺の話を知りたくて夫婦で参加しました。講師のわかりやすい説明を聞いて気仙三十三観音霊場について関心を持つきっかけになった気がします。
  • 「仏に出遭い 自らに出会う」仏・人に出会い交わりを深めていく。縁の大切さを再確認した。
  • 多くの方が来場してくれたことにありがたさを感じ、観音様への信仰の深さを感じた。
  • 参加者がもっと多くなればよい。

 

5.次回の講演会でどのような内容を聞きたいですか。

  • 気仙三十三観音めぐりツアーを行って欲しい〔6人〕
  • 観音様のことをもっと知りたい〔3人〕
  • 三十三観音霊場の歴史を知りたい。各観音にまつわる明るい話、伝説など〔2人〕
  • 仏教に関することなら何でも。
  • 昔の家の物語、お寺との関係など
  • 真言と天台の観音 坂上田村麻呂三十三観音
  • 吉水さんの法話が聞きたい。
  • 災害後歩いてみた様子をスライド付きで歩きやすいように(朱印のもらい方)説明して欲しい。
  • 共に生き 共に存することの尊さ、ありがたさ、縁を軸に据えた生かされているという 思いを改めて考え気づかせてくれる講演を希望します。

 

6.その他のご意見・ご要望や気仙三十三観音霊場に関する情報などありましたらお書き下さい。

  • 毎月17日は長谷寺で住職さんのご詠歌やお話を聞き楽しみにしています。
  • 気仙50ヶ寺ご詠歌集という本が手元にあり、どのお寺が札所か知りたくて参加した。
  • 先日の気仙三観音復興祈願は素晴らしい企画でした。参加者の多いことに驚きました。 仏を身近に感じる機会でした。
  • 寺や観音堂の中には敷居が高い所があるが、気軽に参拝するのは不敬なのでしょうか。
  • 流失した観音様が早く見つかることを祈っています。
  • 流失した観音様を作りましょう。
  • 小学校の頃長谷寺のご開帳に夜盛から行ったのを思い出し懐かしいです。
  • 個人個人で宗派がありますので、参加するときに迷った。
  • このご縁は私に何かを教えているのかも知れないと思い、何もわからない私はこれから勉強です。初心者コースを特別に学べれば嬉しいなあ。
  • 本の再刊を待っています。
  • ひとさじの会を知りました。あいさつに心癒されました。
  • ともかく回数を増やして欲しい。
  • 時間設定はこのままがよい。
  • 観音様の詳しい話。出会い、めぐりありがたい言葉でした。
  • 司会・講演共にとても聞きやすくやさしさがいっぱい感じられました。

 

〈まとめ〉

  • 講演会の告知には、「東海新報」が絶大な力を有していることが分かる。次回も是非お願いしたい。他は金剛寺さんの関係者、ひとさじの会に繋がりのある方が足を運んでくれたことが判明する。チラシの効果がいまいちだというのはショック。
  • 気仙三十三観音霊場についても「祈りの道」連載が圧倒的な伝達力を持っていることが分かった。他は子供の頃に親から聞いたとか、家のそばに霊場があった、知人に誘われたというように地元に密着した霊場であることがここからも明らかだ。
  • そもそも講演会に足を運んでくれた方々は、気仙三十三観音霊場になんらかの関わりを持っていた方が多いと思われる。すべてお参りした方が75人中15人という数字をどう評価すべきなのか。
  • 感想を出してくれる方々は、評価をしている方々なのであろうが、データはおおむね好評だったことを示している。ご詠歌については、好評であった。子供の時に母がやっていて耳にしていたとか、自らお唱えしている方が一定数以上いる。
  • 観音様の話が聞きたいという意見が見られるが、興味関心はいろいろである。ツアー実施の要望が多い。
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2013年

4月

25日

4月23日 金剛寺の如意輪観音さま、要害観音堂の聖観音さまをお迎えに行って参りました。

 いよいよ、4月27日より「善光寺出開帳 両国回向院」が始まります。以前にもお伝えいたしましたが、気仙三十三観音から、ガレキの中から発見された金 剛寺如意輪観音さま、要害観音堂聖観音さまが出開帳においでになります。そこで、善光寺さまのご住職3名、仏師の村上さん、大塚さんと私の6名で気仙に仏 さまをお迎えに行って参りました。

 東北の4月下旬は色とりどりの花が咲き誇ります。梅、椿、桜、木蓮、水仙などなど。いや、目福です。

 まず、金剛寺さまが避難されている圓城寺さまへ。あらかじめ木箱が送られてあり、読経の後、台座、光背、そして観音様と、別々の箱に入れてトラックに預けました。仏師のお二人の手際よさ。およそ1時間で完了しました。如意輪観音さまは本来秘仏であり、奥様がお嫁に来たとき、一度だけ御厨子の扉を開け、ちらりと見たのみだとか。こうしてじっくり拝めるのはありがたいことですね。


 そして、要害観音堂の別当の熊谷さん宅へ。仏師の村上さんは聖観音さまを拝して、「地元の方々によく拝まれてきたという感じのよい仏さまです。両足もどっしりしていて安定感があります」と感想をおっしゃっていました。テキパキと木箱に収め出発。運ぶトラックは、エアサスペンションだそうで、揺れがゆるやかなのだそうです。万全の準備でおつれしなくてはなりません。

 お昼は村上製材所の社長さんからご接待。プリプリの牡蠣フライを頂きました。この辺りは牡蠣の産地ですが、ようやく養殖の牡蠣がとれるようになったのです。「先祖になる」の直志さん、剛さんともお話しができ、ちょっとワクワクいたしました。映画の通りの木訥なお人柄が伺えます。

  その後、普門寺さんへ。芸大の藪内さん門下が作った親子地蔵のお迎えです。檀家の方々が集まっており、法要の中でご詠歌講のおばあさんたちがご詠歌をお唱え下さいました。

 最後に、出開帳でお話しいただく、大船渡の平山さんにお会いし、ご講演について再度お願いいたしました。

 みなさん、気仙の仏さまが多くの方々にお参りいただき、その思いを持ってここ気仙に帰ってこられるのはありがたいこと、とお話しなさっていたことが印象的です。

 このサイトをお読みのみなさま、ぜひ、回向院さまにお越し下さい。ぜひ、気仙の観音様にお手合わせいただきたいと思います。そして、東北の物産品もたくさんご購入いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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2013年

3月

31日

3月12日 要害観音堂 聖観音菩薩像修復なりました

東日本震災後、がれきの中から発見された要害観音堂の聖観世音菩薩像が修復されました。住田町にお住まいの仏師・佐々木公一さんに、観音像のクリーニング、欠損した手の補修、厨子の屋根の復元等を依頼し、以前と変わらぬ美しいお姿を取り戻しました。

 

なお、要害観音堂の聖観世音菩薩像は、4月27日より5月18日まで東京・両国回向院でおこなわれる善光寺出開帳に出向くことになっています。

 

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